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諭吉の娘婿も投資家だった! 日露戦争バブルを見事出し抜く福沢桃介(上)

THE PAGE 3/26(土) 11:00配信 (有料記事)

 慶應義塾大学の創設者・福沢諭吉は、投資家としても活躍したと、当連載の第1回で紹介しました。今回、登場するのは、その諭吉の娘婿となった福沢桃介(ももすけ)です。日露戦争の頃から株式投資で頭角を現しました。私生活ではドケチだったという桃介ですが、投資はどんな手法だったのでしょうか? 市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。

「木曽路はすべて山の中である」-島崎藤村の名作「夜明け前」の書き出しとして知られる。JR南木曾(なぎそ)駅の近くに「福沢桃介記念館」がある。そばに「桃介橋」(つり橋)が架かっている。木曽川に架かるこの橋は全身247メートル、桃介が発電灯の建設資材を運ぶために架けた橋といわれる。記念館は、もとは桃介が女優川上貞奴と暮らした別荘だった。

 桃介は辻車と場末の床屋を好んだ。新橋で宴会があるとする。麻布山元町の自宅まで車で帰る場合、お茶屋から乗ると50~60銭の車賃を取られたうえ、20~30銭のチップを出さなければならない。桃介はそんな無駄な金は使わない。外へ出て辻車、今でいえば流しのタクシーを拾えば、20~30銭で済む。「夜ならばみっともないこともなんでもない」と割り切る。

 散髪にしても桃介クラスの財界人ともなれば、高級理髪店へ行って1円の散髪代を払うことになるが、桃介は場末の床屋で5銭で済ませる。桃介は言う。「高級理髪店は少し丁寧なくらいのもので、刈った後は別段変わりない」。今はやりの1000円床屋を愛用したかどうかは分からないが、日本ドケチ党総裁の吉本某氏がこの話しを聞けば、「ぜひわが党の名誉総裁に就任していただきたい」と言い出すかも知れない。本文:4,538文字 この記事の続きをお読みいただくには、THE PAGE プラスの購入が必要です。

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最終更新:8/19(金) 19:14

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