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三菱自傘下に収め、日産が狙うトヨタ超え

ニュースソクラ 5月13日(金)13時0分配信

ただし、度重なる不正発覚企業の再建は茨の道

 日産自動車が燃費不正で経営危機に直面する三菱自動車工業に2000億円を出資、傘下に収めることが固まった。燃費不正が軽自動車から幅広い車種に拡大するなかで、日産が敢えて”火中の栗”どころではない巨大リスクを”拾う”には理由が少なくとも3つある。「トヨタを抜く世界最大の自動車メーカー」の座を狙うCEOのカルロス・ゴーン氏の野心もちらつく。だが、決して分のいい勝負ではないことは確かだ。日産は大きな賭けに出た。

 11日夕、三菱自動車は益子修会長兼CEOが記者会見し、燃費不正が軽自動車にとどまらないことを明らかにした。社内の不正を把握すればすみやかに公表するのが当たり前としても危機を深刻化させる「負のニュース」だけに潔さが感じられる会見だった。それは当日、深夜に流れた日産の出資のニュースをみれば納得できる。膿を出し切らなければ、日産に出資してもらえないという瀬戸際だったのだろう。

 三菱グループの企業とはいえ、すでに数次にわたる不正発覚でグループ企業の手厚い支援を受けており、「もう1回」はないことは誰の目にも明らか。このまま放置すれば破綻か、外資による買収しかない三菱自動車に、日産が出資した目先の理由が軽自動車にあるのは言うまでもない。

 あまり意識されていないが、登録車と軽自動車を合計した単純な新車販売台数のランキング(2015年度)では日産は国内5位メーカーにすぎない。トヨタ自動車は別格として、日産の当面のライバルであるホンダが2位。だが、ホンダに続くのはスズキ、ダイハツで、日産は軽自動車メーカー2社の後塵を拝している有様だ。

 あくまで台数ベースの話だが、かつてトヨタと国内自動車トップの座を争った日産がこれではプライドが許さないだろう。その要因は軽自動車。ホンダは日産の1.7倍の32万台の軽自動車を売り、スズキ、ダイハツは軽自動車だけで日産を上回る台数を売っている。

 軽自動車の強化は日産にとって隠れた大きなミッションだった。ただ、軽の商品企画、設計、生産は日産の得意とする分野ではない。かつてはスズキ、今は三菱自動車からのOEM(相手先ブランド製造)が調達の柱だった。

 その三菱自動車の生産もおぼつかなくなれば、日産は軽自動車でさらに劣勢に立つ恐れがある。そしてまだ離れてはいるものの、技術力と商品企画で絶好調のマツダが登録車では日産との距離を着実に縮めている。日産は軽自動車で躓くわけにはいかないという事情がある。

 2番目の理由はアジア市場だろう。日産は中国市場でこそ日本メーカーのトップで、大成功しているが、東南アジアはトヨタとホンダが強く、インドはスズキの金城湯池。これから伸びる東南アジア、インドの市場攻略にはタイに新鋭工場を持ち、途上国でオフロード車としてブランド力のある「パジェロ」などアジアに強い三菱自動車は日産の戦力アップになる。

 さらにあまり知られていないが、三菱自動車は中国やインドネシアで乗用車用エンジンやトランスミッションなど基幹モジュール、部品を生産して現地メーカーなどに供給するなど、実はアジアの自動車産業の縁の下の力持ち。日産としては三菱ブランドを活用して東南アジア市場でのトヨタ、ホンダ追撃を目指す考えだろう。

 3番目の理由はやや重い。もし、シャープが台湾の鴻海精密工業(ホンハイ)に買収されたように、三菱自動車が中国、韓国などアジアの自動車メーカーに買収された場合、どうなるだろうか。アジアメーカーは三菱のブランドと技術、系列部品メーカーの部品調達網を手に入れ、日本メーカーへのキャッチアップを加速できるだろう。日本の”お家芸”である自動車の新車開発力、生産技術はシャープの液晶パネルより幅広い意味があり、日本の自動車産業にとってはアジアのライバルには渡したくないのは当然だ。

 それを最も意識しているのはおそらくトヨタだが、国内シェア40%を超えるトヨタが三菱自動車を傘下に入れることは独占禁止法の観点で困難。

 ホンダは独自カルチャーで買収に関心が薄く、マツダ、富士重工業は買収の体力に欠ける。日産が技術の対外流失阻止の狙いで動けば、業界のコンセンサスを得られる。

 さらに破綻懸念の製造業を救う産業革新機構も何らかの形で加わるかもしれない。何しろ同機構のトップは元日産COO(最高執行責任者)と日本人トップだった志賀俊之氏。この要素を見逃すことはできないだろう。

 日産が三菱自動車を傘下に収める理由はいくつも見つかるが、リスクも巨大だ。最終的に日産を出資に突き動かしたのは「世界トップ」への願望ではないだろうか。

 日産は戦後、経営危機のプリンス自動車の買収など合併、買収で大きくなり、一時はトヨタと肩を並べる存在だった。M&Aを飛躍にしようというDNAは社内に残っているだろう。

 しかし、一回ではなく、度重なる問題を引き起こした三菱自動車の再生は並大抵ではない。ゴーン氏はじめ経営陣は三菱パジェロが活躍した「パリ・ダカール・ラリー」のような難路を行く経営を迫られるだろう。

後藤 康浩 (亜細亜大学教授 元日本経済新聞論説委員兼編集委員)

最終更新:5月13日(金)13時0分

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