ここから本文です

村上春樹はいかにして「世界のムラカミ」になったのか 初期翻訳者は語る

BuzzFeed Japan 5月14日(土)22時52分配信

今や世界で最も有名な日本の作家、村上春樹。英語版のオフィシャルサイトを覗くと、謎めいた雰囲気が印象的だ。英語で読むファンが期待するムラカミ像が、そこに垣間見える。なぜ村上作品は、世界の読者にここまで受け入れられるのか。「羊をめぐる冒険」など一連の初期作品の英訳を手がけた翻訳者のアルフレッド・バーンバウムさんに話を聞いた。【BuzzFeed Japan / 中野満美子】

「村上さんは日本の作家じゃないんですね。たまたま日本語で書いている、アメリカの作家ですよ」と話すバーンバウムさんは、アメリカ出身の60歳。インタビューには、流暢な日本語で応じてくれた。

村上作品との出会いは30歳くらいのころ、東京に住んでいた時だ。友人が何気なく貸してくれた。

日本で育ち、各国に移り住んできたバーンバウムさん。村上作品に出会う少し前まで、早稲田大学大学院で大正時代の日本文学を研究していた。しかし、日本文学に深く入り込んでいくにつれ、気になることがあった。

「日本文学、暗いなあ、と思うようになりました。私小説が多くて、それは家族の不和だったり、世間の無理解を嘆くものだったり、どうにもウェットで」

そんな折、偶然手にした村上作品は、軽快で、私小説的な文体とかけ離れていた。
「明るいユーモアがとにかく新鮮だった。あと、アメリカっぽい皮肉。アメリカ人のように書こうとしているのがわかったよ」

処女作「風の歌を聴け」の序文は、英語で書いたものを和訳したものだ。バーンバウムさんはムラカミ文体の成立について、こう考えている。

「村上さんは、趣味でアメリカの小説をよく読んでいた。あの、ライトな感じが欲しかったんだろう」。だが、日本語で執筆すると、どうしても重くなる。「英語っぽくすると、書きやすくなることに気づいたんだと思う」

「日本文学の暗さ」を突破する村上春樹。バーンバウムさんは、短編集「中国行きのスロウボート」の何編かを、誰に頼まれるわけでもなく翻訳した。元々がアメリカ文学のようだった。翻訳はすんなり進んだ。

当時、講談社は、英語を学ぶ日本人向けに、日本の小説を英訳したシリーズを出していた。バーンバウムさんは「中国行きのスロウボート」の英訳を、講談社に持ち込んだ。すると、「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」を翻訳しないかと持ちかけられた。

80年代から90年代にかけて、村上春樹の初期作品を次々と翻訳していく。「羊をめぐる冒険」「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」「ダンス・ダンス・ダンス」「象の消滅」「アンダーグラウンド」。英語学習者でなく、海外の読者を念頭に翻訳され、出版された。

バーンバウムさんによる「羊をめぐる冒険」のタイトルの英訳は、「A Wild Sheep Chase」になった。英語のa wild goose chase(手に入らないものを追い求めること)という表現にひっかけたものだ。バーンバウムさんは、欧米の読者にとってストーリーがすっと頭に入りやすいように細部を大胆に変えて訳している。

1/2ページ

最終更新:5月15日(日)22時9分

BuzzFeed Japan