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日本電産の永守会長、「起業に反対した母、他人の倍働くならと」

ニュースソクラ 5月16日(月)11時50分配信

【わが経営を語る】永守重信日本電産会長兼社長・CEO(2)

――ゼロからの創業がいろいろな意味で幸いでしたね。 (聞き手は森一夫)

 無い無い尽くしがよかったんですよ。例えば、担保が要る銀行からはカネを借りられないので、担保無しで借りられるところに行く。京都市とか京都府などの公の資金を借りまくるわけです。金利が安いし返済条件も緩い。

 それから銀行ですが、一足飛びには行かない。まず借りにくいところからです。当時は中小企業金融公庫(現日本政策金融公庫)でした。審査が厳しくて、京都銀行あたりは「中小公庫が貸したら、うちも貸してあげます」という時代だった。一番簡単なのは、親や親戚のカネですが、それをあてにしたらあかん。

 人材も簡単には集められないから、うちに来ないかと熱意を持って懸命に説得しなければならない。その代りいったん納得して入ってくれた社員は言わば同志なので、結束は固い。

 ――難しい審査を通ったということは、経営がしっかりしていたから。

 それもあるけど、決めてはやはり情熱、熱意、執念やね。オムロンの創業者、立石一真さんが社長をしていた京都エンタープライズ・デベロップメント(KED)から500万円投資してもらったのは、中小公庫に行くずっと前。まだまともな資料が無くて、公庫では審査にならない。

 ところが前代未聞なんだけど、うちは成長したが、ベンチャーキャピタルのKEDが先につぶれちゃった。投資先が次々とつぶれたので、非難を浴びて解散したんです。うちがまだ上場前で、カネを返してくれと言ってきたので、500万円をそっくり返しました。

 もし売らずに持っていたら3300億円くらいになっていますよ。うちは創業して15年で上場しました。その時に売っても数百億円くらいになったんですがね。

 ――上場まで行かなくても、カネがそこそこできれば、気が緩むのでは。

 そこが問題だと僕はいつも言っているんだ。ちょっと儲かると、家を建てたり、外車を乗り回したりする経営者がいる。うちの家内はいまだに安心していない。自分のへそくりは日本電産の取引銀行に預けない。

 「何でや」と訊いたら、「会社がいつつぶれるかもしれにから」と言う。銀行が預金を借金と相殺すると思っているんです。だから贅沢は一切禁止。「あんたが贅沢したら、会社がおかしくなる」と言いますよ。  

 ――なぜ人並みに贅沢しようと思わなかったのですか。

 僕の場合は母親の影響が一番大きいね。母親から、何はともあれ質素に暮らしなさいと教えられた。「人の倍働け」が口癖でね。「そうしたら、成功する」と。僕が会社を作る時に反対したのは母親ですよ。

 「危ないから止めてくれ。自分は70歳を超えているので、もうじき死ぬ。頼むから私が死んでからにしてくれ」と言うわけです。だけど94歳まで生きたから、母親の言うことを聞いていたら会社はできてない。母親は最後に「いいけど、人の倍働くか」と賛成してくれた。

 今の本社ビルが建つ前だった。病床にあった母親に「もうすぐ新本社ができるから、それを見るまでがんばれ」と話したら、「もうもたへん」と言って、逆に叱られた。「なんでお前、母親が死ぬくらいのことで、病院に来るんや」と。「もうすぐ死ぬが、その時、お前は海外におるやろ。帰ってきたらあかんよ。たくさんの人を使っている社長がそんなことで仕事を放ってはならん」と言い残して(1992年2月に)亡くなった。

 ――禁欲的でなければいけないわけですね。

 ストイックもええとこですよ。歯ブラシなどは買ったことが無い。歯ブラシや石鹸は今も泊まったホテルからもらって来る。これを止めたら会社がおかしくなる。ダイエーの中内さんの話をホテルの支配人から聞いているので止められません。

 中内さんも歯ブラシをずっと持ち帰っていたが、それを止めたら会社がおかしくなったというんだ。ちょっとした気の緩みが命取りになる。相変わらず僕が365日ずっと働いている間は、日本電産は大丈夫ですよ。

 ――しかし急成長企業も大きくなると成熟化して衰退するケースが少なくありません。日本電産は大丈夫ですか。

 中途半端な大きさだと危ないんですよ。組織で動く会社になろうと思ったら、少なくとも売り上げが数兆円はなかったらあかんな。5兆円くらいの規模になれば完全にグローバル企業になる。僕は会社をたくさん買収してきたが、合併していません。独立した企業にしておけばリスク分散になります。

 そして創業者が長生きした会社が強い。パナソニックの松下幸之助さんやオムロンの立石一真さんは90歳を超えていた。ソニーもそうでしょう。創業者が結構長生きして基礎を作っておいたから、業績が少々下向いても持ち直す。

 創業者は現役を退いても生きている間は、会社を見ていなければいかん。僕は70歳で社長を譲るつもりだったのですが、今71歳で決めていません。だけど社長を辞めても5代の社長は見届けなくてはいかんと思っています。4年ずつとして20年です。90歳になったって、現役が変な経営をしていたら「お前、こんな業績で、代わらんかい」と言えば、いっぺんに代わりますよ。

 たとえ車いすに乗っていても会社に行ってね。それができなくなっても、松下幸之助さんみたいに病院に呼びつけて苦言を呈することをしなくては駄目ですよ。変な幹部が毎週、ゴルフをやって遊ぶなんてことは絶対にやらせない。そういうストイックな会社をつくり上げたら、簡単には崩れません。

■森 一夫(経済ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1950年東京都生まれ。72年早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社入社、産業部、日経BP社日経ビジネス副編集長、編集委員兼論説委員、コロンビア大学東アジア研究所、日本経済経営研究所客員研究員、特別編集委員兼論説委員を歴任。著書に「日本の経営」(日経文庫)、「中村邦夫『幸之助神話』を壊した男」(日経ビジネス人文庫)など。

最終更新:5月16日(月)11時50分

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