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仕事は順調?雪の日の看板持ちにビラ配り、「東京砂漠」を生き抜いた1人の女性のストーリー

STORYS.JP 5月16日(月)21時30分配信

4月が終わり、GWを抜けました。いよいよ仕事が本格的に始動してきた、そう感じる人も多いのではないでしょうか。

ふるさとを離れて両親のいない生活と、毎日の仕事。
「この道でよかったのかなあ」
歳をとる自分、シワの増える両親、結婚していく友人たちに、不安が募っていく人も多いはず。でも、きっと、みんなそんな不安と戦いながら、なんとか自分なりに頑張っているのかもしれません。

本日は、夢を見て東京へ飛び出した、1人の女性のストーリーをご紹介します。

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東京へ行けば漫画家になれるとおもっていた

大阪で生まれ育った私は、東京に行きたがっていました。
なんでかって? ナイショで漫画家になりたかったのです。
日本の出版社は東京にあるから、東京に行かなきゃ! と思っていたのです。
ちなみに、自分の作品を一度も完成させたことがなく、ただ東京にいけばよいと思っていました。ナイショにしてたということは、心のどこかで自分には実現できないとわかっていたのかもしれません。

とにかく、高校出たら東京いく!
といってたのですが、理由はナイショですし、中高と私立の進学校に行かせてもらってたので、当然親に反対されまして、大学に行きました。この時なんで東京の大学に行くという選択肢を思いつかなかったのかわかりません。
大学在学中にインターネットに出会い、どっぷりとハマって漫画をかかなくなりましたが、アタマの切替えが効かず「東京にいく」と言ってました。

バイトや派遣社員をして生活費をまかなう日々

学生時代にいくらかバイトをしていまして、そのうちの1つがとあるレンタルサーバ会社でした。始めたとたん病気で入院することになってしまい、実際ほとんど何もできずにやめてしまったものの、病気で就職活動できなかった私をその会社が拾いあげ、池袋にできたばかりの東京支社に入れてくれたのです。
というわけで「東京に行く」ということが目標になってた私は「ちょっと苦労かってくるわ」といって引越し、嬉々として東京暮らしを始めました。
その後も中二病の後遺症をひきずっていたためか上り調子の会社での平和な暮らしに飽き足りず「絵をかく」といって退職。でもやっぱり貯金が減っていくと怖くてゾワゾワする、ということで付け焼刃の知識でWebデザインをしたり、バイトや派遣社員をして生活費をまかなっていました。

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最終更新:5月16日(月)21時30分

STORYS.JP