ここから本文です

「ここは被災地。でも暗いことばかりじゃない」 熊本地震から立ち上がる「美少年」の蔵元

BuzzFeed Japan 5月16日(月)17時29分配信

今は酒蔵となった廃校の校庭は、キラキラと輝いていた。割れた瓶と、売り物にならずに捨てられた酒。

熊本市内から車で1時間あまり。名水で名高い菊池市に、その酒蔵はある。日本酒「美少年」を造る蔵元は、4月の地震で壊滅的な打撃を受けた。廃校になった小学校の跡地で、3年前から、日本酒を作っている。その校庭は、割れた酒瓶で埋め尽くされていた。(伊藤大地)

「あんな揺れは初めてでした。いやもう、本当に、全てが終わったなと思いました」

そう話すのは、製造責任者、杜氏の水上弘童さん(44)だ。

1度目の揺れでは何事もなかった。だが、2度目の本震、そして16日朝9時の2度の震度6の揺れで、体育館に貯蔵していた10万本の在庫のうち、7~8万本が割れた。2度目の地震の直後に、水上さんが駆けつけたときには、体育館は酒の匂いで包まれていた。

「絶望も、焦りも、悲しみも、何もなかったです」

「頭が真っ白でした。何も考えられない。あの時、どれくらいの時間、この場所を見つめていたのかさえ、思い出せないんです」

仕込みに使うタンクは5つ。1シーズンに7~8回転させる。5つあるタンクのうち、3つが地震の被害を受けた。ホーロー製の内壁が割れて、使い物にならない。

「中身が入っていたら、何トンかの重さになってるはず。これが、地震の衝撃で傾いてるんですよ」

仕込み場の床には、タンクの足が置かれていた場所に、クッキリと跡が残っていた。数トンあるタンクを動かすほどの地震の衝撃が、うかがい知れる。

家族も、12人の従業員も無事だった。本震があったのは、土曜の未明。心配していたが、週明けに全従業員は出社してきた。

「こんな、命も危ないという時に細かい仕事の指示をしてもしょうがない」

そう思った水上さんは、黙って酒の瓶を片付け始めた。余震が続いている。やれることからやろう。自然と、仲間たちもついてきた。出した指示は、たったひとつだけ。「くれぐれも、安全にやってくれ」

Facebookで現状を発信すると、ボランティアの申し出が来た。だが、丁寧に断った。「僕らは家を失ったわけじゃない。もっと力を欲しているところは他にあるはず。まず、自分たちでなんとかしたかった」

5つある仕込み用のタンクのうち、3つはダメになった。もう使えないタンクの中には、まだ仕込み中の酒が残っていた。

水上さんが「美少年」で働き始めたのは、菊池の廃校に移った、2013年のことだ。イタリア料理のコック時代にワインに魅了され、風土と食との調和にのめり込んだ。行き着いたのが、日本酒だった。

何の経験もないまま、福岡の蔵元に飛び込んだ。蔵は、世代交代のまっただなか。他の仲間は皆、同じ20代の未経験者の集まりだった。古文書から最新の論文まで、文献を読み漁った。7年目に総責任者の杜氏になった。

働きすぎが祟ってか体を壊した。休んでいた時期に生まれ故郷で、再生を目指す「美少年」の杜氏への就任が決まった。ようやく、軌道に乗ってきた3年目だった。

「3年前に経営主体が変わり、新しい場所でやり直しているのに、地震が起きて『やっぱりダメなんじゃないか』って思われたら、2度と立ち直れない。もう終わりだと思いました」
周囲の心配を鎮めるためには、どれだけ少量であろうとも、1日も早く出荷を再開し、「美少年は無事」と発信することだった。

ぐちゃぐちゃの体育館を従業員総出で片付けた。酒粕は、こぼれた酒を吸って腐敗し、悪臭を放った。仕込みに使う地元産の米は、割れた瓶のカケラが混じってダメになった。

無事と確認されたのは10万本あった在庫のうち、わずか1000本。FacebookやTwitterで発信すると、じわじわと情報は広がり、買いたい、という申し出がポツポツと集まり始めた。応援のメッセージもたくさん届いた。

「買ってもらえるのももちろん嬉しいです。でも、ネットで何の関係もない方が、がんばれ、と応援してくれる。こんなこと、昔ではありえなかった。本当に感謝しています。ネットは本当にすごいと思います」

取材中も、Facebookを見て蔵を訪れた人たちが、酒を買っていく姿が見られた。「僕らが応援できるのはこれくらいなんで」という訪問客に、水上さんは「ありがとうございます」と繰り返した。

それでも――8万本を超える在庫を失い、製造設備を失い、秋から春にかけて丹精込めて仕込んだ酒の全てを失った。製造能力は、被災前の2割から、3割。稼動して3年目の蔵元にとって、あまりにも厳しい現実。今後の見通しも、不透明なままだ。

「若い者にもはっきり言ってないのですが、正直、元どおりになるのはいつになるかわかりません。でも、今できることを積み重ねて、やっていくしかないです」

人員削減は考えなかったのか。尋ねると、水上さんは即座に答えた。

「考えたこともないです。地震が起きたくらいで人をクビにするくらいなら、酒造りなんかやめて、蔵ごと潰したほうがいい」

従業員を減らすどころか、地震が起きてから仲間は増えている。片付けの作業に入ったのは週が明けた月曜日。この日から入社する予定の新人がいた。来ないかとも思ったが、予定通りにやってきた。今は、被災前より、社員の結びつきがグッと強くなった。水上さんは、そう感じている。

「もう出荷できてますから。頑張るだけですよ」

終始柔らかい表情を崩さず、飄々と、そう繰り返す。ここからは、瓶が割れてはいなかったが、状態や種類のわからないままの酒、およそ1万本を利き酒して、出荷できるかどうかを確認する作業が待っている。

「1万本なら、1日千本やって10日で終わるかな」。水上さんは微笑んだ。

ところで、「美少年」はどんなお酒?

「どんな食事にも合う、いい酒ですよ。菊池はね、水がいいんです。自信があります。日本の人にはもちろん、ワインに負けない酒を作って、世界の人に飲んでもらいたいですよね」
言葉を選びながら話していた水上さんが、饒舌になった。発酵。ワインとの違い。水。酒造りへの思いが溢れ出す。

「人間の歴史をさかのぼっても、こうした悲劇はいっぱいあったんですよね。それでも今、僕らが生きているのって、祖先の人たちが乗り越えてきたから。僕らは従業員も、その家族も、みーんな無事でした。亡くなった方も、家がない方もいる。地震くらいで、へこたれていられないですよ。僕らが頑張らなきゃどうするんだって」

帰り際の記者に水上さんは、こう声をかけた。

「ここは被災地。でもね、暗いことばかりじゃないと思うんです。明るいこともいっぱいあるから。そういうところにも目を向けて、書いてくださいね!」

最終更新:5月16日(月)17時29分

BuzzFeed Japan