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日本との絆を描くドキュメンタリー、台湾で異例の大ヒット

dmenu映画 5月17日(火)18時0分配信

本当に面白いアジア映画ばかりを集めた「大阪アジアン映画祭」(毎年3月開催)。ほかの映画祭とちょっと違うのは、いかにも映画祭で上映されそうな作家性の強いアートな作品だけでなく、その国のナンバーワンヒット映画も上映するところ。ヒットするのはもちろん「面白い」から。であればだいたいどの国の人が見ても面白いわけで、それを知る“通”な観客は毎年大挙して大阪アジアン映画さに押し寄せるというわけだ。

その大阪アジアン映画祭で3年連続「観客賞」を取っているのが“台湾映画”。2014年は、日本統治下の戦前の台湾で嘉義農林高校(通称:嘉農KANO)の弱小野球部が日本人鬼コーチのもと甲子園優勝を目指す青春群像劇『KANO~1931海の向こうの甲子園~』。

2015年は、学校の倉庫から孫文の銅像を盗んで現金化しようと企む貧乏男子高校生らの爆笑青春コメディ『コードネームは孫中山』(2016年秋日本公開予定)。

そして今年は第二次大戦後、日本に強制帰国させられた20万人の台湾生まれ/育ちの引き揚げ者(=湾生)を追った涙なしでは見られないドキュメンタリー『湾生回家』が受賞した。

日本では映画館利用者の平均年齢はかなり高めだが、台湾では映画は圧倒的に若者のもの。だから普通はヒットする映画もアクションや恋愛ものが多いのだが、この『湾生回家』は昨年10月16日、5位の『PAN ネバーランド、夢のはじまり』、7位の『ザ・ウォーク』と2本のハリウッド映画に挟まれる形で、台湾興行成績ランキング堂々6位でスタート。その後も、5週間にわたってトップ10内にとどまり、興行収入も1億円を超える大ヒットとなった。台湾のアカデミー賞といわれる「金馬奨」の最優秀ドキュメンタリー賞にもノミネートされている。

台湾映画なのに話される言葉の7割が日本語。日本統治時代に台湾で生まれた現在80代前後の日本人が故郷・台湾を再訪する地味かつ重めな話なのにもかかわらずだ。

なぜこの映画はヒットしたのか? ホァン・ミンチェン監督は、アジアのエンタメ事情発信ブログ『アジアンパラダイス』のインタビューで、「台湾と日本は現在国交はありませんが、経済や文化など色々な面で繋がりが深く、台湾人はとても日本が好きです。何故台湾人が日本をこんなに好きなのか、この映画がその謎解きができると良いなぁという気持ちで創りました」と語っている。映画の中でも「(日本人は台湾で)秩序と基盤を作った」という言葉が出てくるが、どうやらインフラを整えたり、田畑を開墾し土地に適した作物を作付するなど生活環境を豊かにすることに貢献したようで、これが、台湾人が日本人好きとなった理由のひとつであるらしい。

ホァン監督は、金馬奨最優秀短編賞を受賞した『トゥー・ヤング』(97)、金穗奨最優秀短編賞を受賞した『城市飛行』(00)が第14回東京国際映画祭や香港国際映画祭で公式上映されるなど台湾内外で期待される才能豊かな映画監督。“台湾ニューシネマ”の旗手といわれた故エドワード・ヤン監督の影響も感じられる。

台湾ニューシネマとは、80年代に起こり、ホウ・シャオシェン監督の『悲情城市』(89)がヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞をきっかけに盛り上がり、エドワード・ヤン監督の『ヤンヤン 夏の想い出』(00)カンヌ映画祭監督賞受賞で確固たるものとなった台湾映画のムーブメント。この台湾ニューシネマをけん引した監督らの作品は、現在、新宿のK's cinemaで開催中の特集上映「台湾巨匠傑作選2016」で見ることができる。

2011年の東日本大震災では世界最大規模の200億円超えの義援金を、4月14日に起きた熊本地震では6500万円の義援金を発生2日後に表明した台湾(もちろん日本も台湾南部地震では約1億3000万円の義援金を送っているが)。『悲情城市』は、『湾生回家』と同様に日本の統治が終わり、台湾が変わりゆく時代を描いた作品。この秋、岩波ホールで公開予定の『湾生回家』の前に見て、様々な時代を経てもなお、日台の“絆”が強いわけをぜひ確かめてほしい。

文=高村尚

最終更新:5月17日(火)18時0分

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