ここから本文です

「やったらええんちゃうん」神山町の気質に育てられた一人の建築家/徳島

Webマガジン コロカル 5月18日(水)19時43分配信

リノベのススメ vol.12

コロカル・Web連載【リノベのススメ】とは?
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。4つの都市から週替わりでお届けする、リノベーションの可能性。今回は、東京・吉祥寺に事務所を構え京都の大学で教鞭をとるかたわら、全国の過疎地域で空き家のリノベーションに取り組む、建築家・坂東幸輔さんに担当していただきます。

【写真ギャラリーで見る】「やったらええんちゃうん」神山町の気質が生んだ一人の建築家/徳島


はじめまして。建築家の坂東幸輔です。

東京の吉祥寺に設計事務所を構え、京都の大学で教鞭をとるかたわら、全国の過疎地域で空き家のリノベーションをしてまちづくりをしています。この連載ではこれまで行ってきた徳島県神山町や出羽島での「空き家再生まちづくり」の活動や、現在進行中のほかの地域のフレッシュな活動を紹介していけたらと思っています。

全国で地域に残る古民家や空き家、廃校などをリノベーションして、ゲストハウスにしたり、カフェにしたりといまでは、コミュニティを盛り上げるまちづくりが活発に行われています。私が神山町で空き家再生の活動を開始したのは、今ほど空き家の活用が盛んではなかった2010年からです。それよりも少し時間を遡って、まずはどうして私が日本の過疎地域に関わるようになったかということからご紹介したいと思います。


■リーマン・ショックで大きく変わった価値観

私は2006年9月から2年間、ハーバード大学大学院デザインスクールで建築の勉強をしました。世界中の有名な建築家や優秀な学生たちが集まるハーバード大学の授業は大変刺激的なものでした。スラムの健全化や公害・災害復興の支援など社会的な問題をデザインの力で解決しようという、建築による社会貢献の精神が教育の根底にありました。設計の授業でトルコやギリシャ、ブラジルを訪ね、社会問題解決のために実践している建築デザインを、現地の建築家に建築や都市を案内してもらいながら学んだ経験は、今でも私の活動の糧になっています。

いつかは指導をしてくれた建築家たちのように、美術館や音楽ホールといった大きな公共的な建築を都市の中に設計して社会の役に立ちたいという夢を持ってハーバード大学を出ました。

ハーバード大学を出たら世界中の設計事務所で働けると思っていたので、設計を指導してくれた先生のオフィスに入ろうと願書を送る前から、先生のオフィスのあるニューヨークに引っ越しをしました。2008年9月のはじめのことです。

しかし、引っ越しをした翌週にリーマン・ショックが起きてしまい、ニューヨークの会社はどこもリストラの嵐。建築家を数百人抱える大手設計事務所が大規模なリストラをするなかでの就職活動はひとつも実を結びませんでした。2010年に東京藝術大学の助手になるまでの2年間、私はほぼ無職の状態でした。

リーマン・ショックによって失った海外の設計事務所での経験、この頃から大きな企業や組織といったものに頼って生きることへの疑問を感じるようになりました。そういう疑問を抱えながら出会ったのが神山町でした。


■神山町との出会い

リーマン・ショックから1か月後に京都の上賀茂神社で結婚式を挙げました。披露宴では司会の人から「新郎は求職中で……」と紹介してもらう情けない結婚式でしたが、そんなどん底の頃に出会ったのが私の建築家としての運命を変える神山町だったのです。

アーティスト・イン・レジデンスをやっているおもしろそうなまちが生まれ故郷である徳島市の実家のそばにあるということで、結婚式の後で妻と神山町に行きました。そこで〈NPO法人グリーンバレー〉理事長の大南信也さんと運命の出会いがありました。当時まだほとんど移住者のいない神山でしたが、アーティスト・イン・レジデンスの活動や神山町で起きているさまざまな変化についてお話を聞きました。

アーティスト・イン・レジデンスや、道路の清掃活動、森づくりなど、普通は行政主導で行うことを、住民自ら行うことでお互いに刺激し合い、田舎のおじさん、おばさんたちが少しずつ積極的に自分たちのまちを変えていっていたのです。

大南さんもスタンフォード大学の大学院に留学した経験がありお互い気が合ったのだと思います。アメリカから日本に帰るたびに大南さんに会いたくて神山町を訪れるようになりました。

1/2ページ

最終更新:5月18日(水)19時43分

Webマガジン コロカル