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今こそ家族の底力を 泣く暇ない ハウスに居住 前を見据え 熊本県益城町

日本農業新聞 5月19日(木)12時50分配信

 熊本地震の被災地、熊本県益城町で、特産のスイカを栽培する農家が、ハウスや車に泊まりながら出荷を続けている。1カ月が過ぎてもなお、生活再建の見通しは立たず、疲労も募っている。それでも「しょげてなんか、いられない」。家屋を失ってもなお、ハウスの中は笑顔が見える。家族の思いが詰まったスイカの出荷は6月まで続く。

スイカ産地守る 思い込め出荷

 2ヘクタールでスイカを作る同町の村上優一さん(47)一家7人が暮らす自宅は地震で全壊、全長40メートルの育苗ハウスの3分の1が家族の居住スペースだ。地面にブルーシートを敷き、重ねた毛布の上で寝る。夜は育苗用の電灯を活用。風呂は近所の家に貸してもらい、洗濯はコインランドリーに行く。水は毎日、給水所までくみに行く。暑い日が続き、日中は長くハウス内には居られないという。

 「毎日、疲労困憊(こんぱい)。でも、家族でスイカを作り笑顔で過ごそうって決めている」。妻の純子さん(41)は、努めて明るく振る舞っている。

 小学生の遥乃ちゃん(9)、中学生の夏樹さん(15)、高校生の未羽さん(17)と3人の子どもは、本震が発生した16日以降、ハウスから学校に通っている。

 食事は避難所からもらった弁当やコンビニの総菜。長テーブルを囲んで家族で食べる。

 「自分ら何も悪いことはしていないのに。なぜ、とは思う。でも泣く暇はない。地震でも助かった命。益城台地よ、永遠に、といまは強く願う」と優一さんの父、正司さん(76)。家族とのだんらんが楽しみだ。

 匠(たくみ)の技も健在だ。同町はハウスを四重に被覆して11月から翌年6月までを一貫して無加温で栽培する。温度管理に苦心しながらクリスマスや年末年始、春など品薄時に出荷している。「益城のスイカ技術は日本一というプライドがある。地震後も、その思いが支えになっている」と優一さん。

 学生時代、農家出身であることが恥ずかしくて友達に家の職業を明かせなかったことがある。当初は後を継ぐことに抵抗もあったが、父親世代の営農技術の偉大さを知るうち「産地を守りたい」と思うようになった。

 そんな優一さんの子どもたちは、農業を「かっこいい」と感じている。「農家のお父さんはたくましい。超、かっこいいと地震の時、改めて思った。虫がいるハウスの生活も慣れた。家族で頑張る」と真っすぐに気持ちを語る未羽さん。夏樹さんも「震災に遭ってもスイカを作り続ける両親たちの姿は、僕はきっと、これから忘れません」。地震を通して産地のたくましさを感じとる。(文=尾原浩子、写真=江口和裕)

日本農業新聞

最終更新:5月19日(木)13時55分

日本農業新聞