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いまだ危機の最中にあるロシア経済

ニュースソクラ 5月19日(木)16時0分配信

年末にはプラス成長との見通しも

 4月に産油国が増産凍結の合意に達せず、また米欧諸国による経済制裁が続き、ロシア経済は窮地にあるのではないかと思いきや、このところモスクワからは景気後退に歯止めがかかりつつあるとか、インフレ率が低下し始めたといった改善を指摘する声が聞こえてくる。石油価格が意外に堅調であることが大きく影響している。

 ウラジーミル・プーチン大統領は4月14日、毎年恒例となっている国民との対話で、ロシア経済の現状を「灰色圏」と形容した。これは、不況から脱したものの、まだ景気回復期に入っていないことを意味する。大統領は今年の実質経済成長率がマイナス0.3%となり、年末にはプラス成長を実現できるだろうとの見通しも示した。

 ロシアのアルファ銀行のチーフ・エコノミスト、ナタリア・オルロワ氏は4月28日、今年のGDP伸び率を従来のマイナス1.5%からマイナス0.3%へと、政府見通しと同じ水準に引き上げ、2017年は2.5%のプラス成長になるとの見方を示した。

 さらに、経済発展省によると、昨年のGDPはマイナス3.7%だったが、今年第1四半期には前同期比マイナス1.4%となり、落ち込みの幅が縮小した。
 
 市場のアナリストの中には、ロシア経済は最悪期を脱したとの見方も出ている。先月17日にドーハで開かれた産油国の会議で増産凍結の合意ができなかったが、その後、石油価格は堅調だ。これが先行きを楽観する見方を支えている。今年の平均価格は1バレル=40~45ドルの範囲に収まるのではないかとの見方が有力になっている。

 もちろんこの水準でもロシア経済には厳しい。2016年予算は1バレル=50ドルを前提に作成された。ロシアは原油や天然ガスをドル建てで売っているから、ルーブル安でルーブル建ての売り上げや利益は増える。実際、昨年の予算ではその効果が顕著だったが、今年は1月中旬以降、ルーブルが比較的堅調だ。

 こうした要因を総合すると、2016年の予算赤字をGDP比3%に抑えるという目標の達成は難しそうだ。だが、つい3カ月ほど前の2月中旬に石油価格が1バレル=32ドルだったことを考えると、状況は改善している。

 ところで、2014年半ば以降からの石油価格の下落で、ロシア経済に占める石油・天然ガスの比重は下がっている。石油・天然ガス企業からの税収が国家歳入に占める割合は2014年には50%だったが、今年第1四半期には28.5%へと低下した。それだけ石油価格への依存度が低下し、石油価格の下落がもたらす衝撃度が薄らいでいるとも言えるのかもしれない。しかし、それを単純にロシア経済の体質改善の証拠とみることはできない。ほかの分野の国内産業の競争力が強くなり、躍進しているのならそう言えるが、そんな兆候はまだあまり見られない。輸入代替の進展は農業、化学製品など一部にとどまる。

 ロシアにとっての明るいニュースの一つに株価の回復もある。ルーブル建てのMICEX指数は2007年の1970.5が4月末までの最高水準だったが、4月末にこの水準を超えた。もう一つの株価指標であるドル建てのRTS指数もここ2年で初めて900を上回った。ただし、RTS指数は2008年5月に2500近い水準にあったから、まだ半分も回復していない。

 一部アナリストの間には、ロシアの株価は「世紀のバーゲン」状態にあり、今が買い時という声もあがっている。クレディ・スイスは先月、新興市場への投資ポルトフォリオに占めるロシア株の比重を引き上げた。

 外貨準備、それに準備基金と国家福祉基金といういざという時のための留保もある。だからロシアは国際通貨基金(IMF)に頭を下げて支援を求めるも必要ない。ただし、こられの準備金は一時期に比べ減少、今後も景気刺激策のため使われるかもしれない。

 2014年以降のルーブルの大幅安で、インフレが亢進、昨年は15%だった。だが、これも今は7.3%へと下がった。とはいえ、これでも高いことに変りはない。 ロシア経済の改善をうかがわせる動きを但し書きを付けながら列挙してきたが、悲観的見通しを支える材料もまだまだ多い。特に実質賃金が昨年は9.5%減少、消費低迷が長期化するかもしれない。2月に家計支出に占める食費の割合が51%へと上昇、消費者は衣料品など不要不急の消費財の購入を先送りしている。貧困層の比率も上昇、昨年は13.4%で、ここ9年で最も高くなった。失業率もじわじわと上昇している。

 ロシア経済はまだ危機の最中にある。今年、成長率が少し上がりそうだと言っても、まだマイナス成長である。石油価格も安定しているとは言えない。だが、ロシア経済が危機から抜け出る兆候が少しずつ増えている。トンネルの向こうにうっすら明かりらしきものが見えてきたに過ぎないのかもしれない。だが、少なくともこれからさらに暗い闇に突入し、一歩も進めない状態に陥ることはないだろう。

 米欧そして日本でもプーチン政権の政治に対する批判が高じて、いつまでたってもやたら危機を強調する傾向が見られる。経済の実態は政治に関する「べき論」と距離を置いてみる必要があろう。

■小田 健(ジャーナリスト、元日経新聞モスクワ支局長)
1973年東京外国語大学ロシア語科卒。日本経済新聞社入社。モスクワ、ロンドン駐在、論説委員などを務め2011年退社。
現在、国際教養大学客員教授。

最終更新:5月19日(木)16時0分

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