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文化大革命50年、中国の富豪実業家が振り返る悪夢

AFPBB News 5月20日(金)8時37分配信

(c)AFPBB News

【5月20日 AFP】中国人実業家の黄怒波(Huang Nubo)氏の父親は反革命分子のレッテルを貼られ、獄中で自殺した。だが文化大革命(Cultural Revolution)の時代、黄氏は自ら紅衛兵となり他の人たちを侮辱し、たたきのめした。それが彼と彼の世代が生きた時代だったが、再び同じことが繰り返されることを恐れていると、黄氏は語る。

 中国の富豪であり、登山が趣味でエベレスト(Everest)に3度登頂したことがある黄氏は、国外ではアイスランドの土地を購入しようとして物議を醸したことで知られる人物だ。

 一方で黄氏は駱英(Luo Ying)のペンネームで、50年前の5月16日に毛沢東(Mao Zedong)の主導で始まった文化大革命期の社会の混乱について詩集を2冊出している。

 黄氏の父親は国共内戦で共産党軍の将校として戦ったが、毛沢東による初期の粛清の犠牲となり投獄されて暴行され、黄氏がまだ3歳だった頃、獄中でためた薬を一度に過剰摂取して自殺したという。

 中国北部の寧夏回族自治区(Ningxia Hui Autonomous Region)の村で汚名を着せられながらも、黄氏は文革の時代に熱狂的な紅衛兵になった。黄氏が当時、地主を「鋼の拳」で殴ったことを書いた一編の詩がある。その地主はのちに亡くなったという。

 黄氏はその後、毛沢東によって地方の農村に送られ、エリート主義的な態度を正すよう命じられた約2000万人の若者の一人となった。

 隣人同士、同僚同士が「批判闘争大会」で批判し合い、子どもは両親を批判した。批判されたかと思えば、他の人と手を組んで別の誰かを批判するということが複雑に絡み合った時代だった。黄氏は「私は被害者であり、参加者であり、加害者であった。私は他の人を糾弾し、私も糾弾された」とAFPに語った。

 中国本土での出版が禁じられた黄氏の2冊目の詩集の最後の文にはこう書かれている。「文革の時代を生きた人々にとって、誰が人間で誰が鬼かという区別はどうでもよかった」

 黄氏は自身が支援する詩の研究センターがある北京大学(Peking University)で「私たちはみんな悪魔だった。私も含めて」と語った。

■文革の遺産と中国の台頭

 毛沢東の理念の否定と資本主義市場の導入によって中国はここ数十年、台頭してきている。だがそれは文化大革命の最も破壊的な遺産の上に成り立っていると黄氏は信じている。

「文化大革命は私の世代の人間に、生き延びるためにはオオカミのようにならなくてはならないと教えた」と黄氏は説明する。昔の価値観は壊され、「勝者が全てを得る。誰かを負かせば英雄になる。金持ちになったなら、それは道理があったということだ」という信条に取って代わった。

 黄氏の人生は共産党と同じような変遷を経た。彼は共産党のプロパガンダ部門の職を辞め、不動産や観光業を扱う複合企業、中坤集団(Zhongkun Group)を創設して富豪の資本家になった。59歳の現在、その資産は13億ドル(約1400億円)と推定される。

 中国共産党は1981年、文化大革命は「国内に騒乱をもたらし、党と国家と人民に壊滅的な損害を与えた」大きな間違いだったと公式に認めた。

 黄氏の最初の著書「Diary of a Sent-Down Youth(地方へ送られた青年の日記)」は、文革に対する直接的な批判は少なく、本土でも出版された。

 しかし、当時を鮮明に描いた2冊目の「Memories of the Cultural Revolution(文化大革命の記憶)」は検閲を受けて出版が禁じられた。引き裂かれた死体のこと、川に浮かぶ女性の死体にはレイプされた印として陰部に棒が刺されていたこと、愛国歌の歌詞を間違えたために処刑された老女のことなどが書かれていたためだ。

 文革の惨劇の多くが徐々に忘れ去られていく中、一部には当時を懐かしむ向きもある。例えば、文化大革命当時に地方に送られた青年たちを美化して描いたテレビ番組が放映されたり、そんな青年たちの博物館が全国に50か所以上も開設されたりしている。

 今月、北京(Beijing)の人民大会堂(Great Hall of the People)で開催された文革50周年コンサートは、当時の歌やプロパガンダの映像を無批判に使ったことで物議を醸した。

 黄氏は、そうした歴史の歪曲(わいきょく)を非難する。「こんなことを続けて過去を反省しなければ、新たな文革が起きるだろう」と、彼は言う。「文革を美化して、とても素晴らしい時代だったという印象が残れば当時に戻ることへの人々の恐怖心はなくなる」

 詩人として黄氏は自分の目で見たことを記録に残す責任を感じている。「社会における今の自分の地位を考えたとき、自分が生き延びた悪夢は正しかったのか間違っていたのかと当時のことを考えるだろう」と言う。「それでも心の傷は一生癒えることはない」(c)AFPBB News

最終更新:5月20日(金)17時21分

AFPBB News