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審判として5度目の五輪へ=体操女子、沢里由美さん=ブラジル日系人の誇り胸に東京も視野

ニッケイ新聞 5月20日(金)22時40分配信

(ブラジル邦字紙「ニッケイ新聞」20日付け)

 【サンパウロ発=小倉祐貴】今夏のリオ五輪で、審判として5度目の大舞台に臨むブラジル日系人がいる。サンパウロ市内で体操クラブを経営する沢里由美さん(66、二世)だ。

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 前回のロンドン大会で一時引退も考えたが、母国大会に向け翻意。現在では「五輪審判団で上から10番目までに入る」という高齢だが、「リオでのジャッジが評価されれば、4年後の東京五輪にも出られるかも」と日本へ思いを馳せている。

母国で迎える世界の大舞台

 1949年、サンパウロ生まれ。21歳でサンパウロ大学体育学部を卒業した後、1年間日本へ留学した。13歳で移住した父の出身地である神奈川の県費留学制度で訪日。「日本は当時、世界一の体操国。加藤沢男さんに会えるだけで大感激だった」。

 加藤さんは68年メキシコから、ミュンヘン(72年)、モントリオール(76年)五輪に連続出場。金8個を含む12個のメダルを獲得した代表選手だ。

 沢里さんが旧東京教育大学(現筑波大学)に留学した70年当時、脂の乗り切った現役として同大学に在籍していた。教えてもらいながら共に練習した仲だったという。

 「加藤さんは国際理事も務めて、幅広い人脈を持つ人。彼を通じた知り合いとは、今でも国際審判の講習会などで顔を会わせる。留学当時、初めての一人暮らしをしたのも良い経験になったが、築いた人脈は一生の財産になった」

 また、意外にも「留学した当時、日本の体育施設は乏しかった。世界一になるために、ハングリー精神やひたむきさがあった」といい、それが大きな刺激になったという。

 「体操ブラジル代表に日系移民の子孫が多いのは、そんな部分を継承するから。身体能力に大きな違いは無いが、規律正しく熱心に取り組むところがブラジル人との差だと思う」と見ている。

 25年以上前から経営する体操クラブ「ヤシ」には、ちびっ子から大人まで約180人が通う。かつての生徒である代表候補の日系人ジュリー・キム・シモン(Julie Kim Sinmon)を例に、「14歳まで10年間指導したが、誰よりも熱心だった」と語った。

 国際審判としてはすでに経歴40年以上。06年には世界最優秀審判にも選出された。ロンドン五輪を最後に引退も考えたが、「経験を生かし、誠実な判断を下すことが私の使命。日系人のまじめさを誇りに、リオ五輪の舞台へ上がりたい」と考え直した。

 さらに4年後には東京五輪が控える。それまで現役を続けるかと問うと、「その頃には審判の中で最年長。でもオリンピックで日本に帰ることができたら、私にとってこれ以上の喜びはない」と胸を膨らませた。

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 リオ五輪で5度目の審判を務める沢里さん。見所として「アルトゥール・ザネッティ(Arthur Zanetti)はもちろん、女子ならフラヴィア・サライヴァ(Flavia Saraiva)。日系人だとアルトゥール・ノリ・オヤカワ(Arthur Nory Oyakawa)、フェリペ・アラカワ(Felipe Arakawa)、セルジオ・ササキ(Sergio Sasaki)が代表入りするか注目よ」。「団体の部では入賞、個人ではメダルを2つ以上獲れれば大成功」と期待を寄せている。

最終更新:5月20日(金)22時42分

ニッケイ新聞

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

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