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なぜ「ふるさと納税」をするのにパナマ文書を批判するのか?

ZUU online 5月21日(土)18時10分配信

ふるさと納税が導入されて8年。当初は知名度が低く、人気がなかったが、知らない人はいないほどの人気ぶりだ。

寄附による返礼品の中身もさることながら、その節税効果に注目が集まっている。ふるさと納税が各地域の振興の一助となる一方、富裕層など一部の人々の間で財テクや税逃れの手段となっている面もある。

この事実について「合法だからいいじゃないか」という声もあるが、果たしてそれで片づけてしまってよいのだろうか。

■ふるさと納税とはそもそもどういう制度なのか

ふるさと納税は、自分の住んでいる場所以外の自治体に2000円を超える寄附をした場合、所得税や住民税の減額や還付を受けることができる制度だ。もともと、大都市と地方の税の格差を解消することが目的の制度だった。

日本の場合、地方で生まれても、大学進学や就職などを機に大都市に移住し、定年を迎えるまでそこで働いて納税する人が多い。結果、地方は担税力のない子供や高齢者ばかりになり、税収が減るばかりだ。ただ、その一方、バブルがはじけて以降、都市に暮らす人々の中には、IターンやUターンのブームと同時に、「自分の故郷や田舎に対して何か恩返しがしたい」という気持ちを持つ人が増えてきた。

こういったことを背景に「国民が自らふるさとに寄附をする制度を作れば、地方にお金が集まって地域振興につながるだろう」という考えが生まれ、ふるさと納税制度はスタートした。

ふるさと納税は所得税法上「寄附金」のカテゴリーだ。個人が国や自治体に対して寄附をした場合には、「寄附金控除」という所得税法上の制度により、税金が安くなったり、還付を受けたりすることができる。ただし、「国や自治体から、寄附の見返りを受けていないこと」が前提だ。つまり、国や自治体に見返りなしで寄附をしないと税金上の特典を受けられない。返礼品は本来、もってのほかなのだ。

ただ、ふるさと納税制度では「返礼品はあくまでも地方の魅力や産業のアピールのためのツール」という位置づけがなされ、ふるさと納税の趣旨を踏まえたはずの各自治体の良識に任せられることになった。

■元々の理念からかけ離れていく「ふるさと納税」

しかし実際には、制度が定着するにつれ、ふるさと納税は当初の目的からかけ離れた様相を呈するようになった。

第一に、自治体間の格差が年々広がるようになった。寄附は、魅力的な返礼品を用意できる自治体に集中するため、特徴のある自治体ほど潤うことになる。特徴のない自治体は寄附が集まらないばかりか、控除や還付に嫌でも応じなければならないため、税収減に陥る。

第二に、ふるさと納税は、その税務上の制度と返礼制度の合わせ技により、一部の納税者による「日本国内での税逃れ」の手段として使われるようになった。事実、ネット上で、千葉県大多喜町のふるさと納税の実態が明らかにされている。

大多喜町では、金券がふるさと納税の返礼品だ。そして、その金券は、町内に住所をもつ業者の百貨店での商品購入の際、利用することが可能である。そのため、収入に余裕のある人ならば、数百万の寄附を行い、その70%前後の金券を返礼品として受取り、その金券をもって消費税を負担することなく車やブランドのシャンパンなどの高額商品を手にすることができる。加えて、確定申告時期には、寄附をした事実をもって所得税と住民税で節税を行うことができる。

こういった合わせ技を駆使することで、場合によっては新車を実質2000円で購入することも可能となる。このように、富裕層にとっては財テクと節税の手段となっているのである。

このニュースに関する議論については、「自治体のモラルハザードだ」という指摘がある一方、「税金に競争原理を持ち込むことはいいことだ」「金券みたいな魅力的な返礼品を用意しない自治体に問題がある」「節税だからいいじゃないか」という批判も行われている。

■パナマ文書批判をふるさと納税で考えると…

表面だけを見れば、競争に負ける自治体の責任だし、納税者は合法的な節税を行っただけの話だから、確かに何も問題にならない。ただ、大多喜町のニュースに出てくるいくつかのキーワードを変換すると、つい最近話題になったあの問題とよく似ていることが分かる。

ここで一度、視点をミクロからマクロに移してみよう。「県境」を「国境」へ、「地方自治体」を「国」へ、そして「魅力的な返礼品」を「低税率あるいは税率ゼロ」へ。

視点を「日本国内」から「地球規模」に移すと、この大多喜町のふるさと納税の問題は、先月のパナマ文書問題に代表される「タックス・ヘイブン」の問題とまったく同じではないものの、かなり似た構造であることが分かるはずだ。

パナマ文書問題で問われたことが、この大多喜町のふるさと納税にも言える。パナマ文書問題では、富裕層による租税回避行為が最終的には課税の不公平を招き、社会的弱者にしわ寄せがいくことが論点となった。大多喜町のふるさと納税もこれと同じだ。

富裕層による住民税の租税回避が行われれば行われるほど、富裕層の住む自治体の税収が落ち込む。けれど、金券を受け取った富裕層は、相変わらず自分の住む自治体の公共サービスを受け続けることになる。公共サービスの財源は税金だ。誰がそれを払うのか?高度な節税策を行うことのできない一般市民が払うのである。

富裕層が住民税で節税をしても自宅があれば住んでいる自治体に固定資産税を払うことになる。また、低所得者や専業主婦などは住民税が非課税だ。さらに、税収の少ない自治体には国からの地方交付税が補われる。そのため、ふるさと納税の税逃れはパナマ文書問題と全く同じとは言えない。

ただ、「有害な税の競争」という国際的な租税回避問題を論じる上で必ず出てくる用語を、大多喜町に代表されるふるさと納税の問題について使ったとしてもおかしくはない。「金券」「高額商品」などの旨みの強い返礼品が、自治体間の「有害な税の競争」を招いているからだ。

大多喜町のニュースに対する意見の中で「制度そのものは悪くない。運用の仕方がまずいのだ」と唱える人がいた。事実そのとおりで、ふるさと納税の趣旨は最初に述べた通り、地域振興を主目的としたものだ。

返礼品も、その趣旨に沿って、地域の特産品や産業をアピールするものにとどめるべきなのである。制度を上手に使えば、地域の名を全国に広め、さらなるIターン・Uターンを呼び込むことにつながるだろう。問題なのは趣旨を取り違えた自治体の運用の仕方だ。地域のアピールとは何の関係もない金券を用意するべきではない。

人間は、「生まれ故郷を応援したい」という善意があるのと同時に、「何が何でもトクをしたい」というエゴを持ち合わせている。それは納税者だけでなく、自治体の現場にいる人たちもいえることだ。それを前提としたうえで、趣旨にそった制度の運用が行われることを願ってやまない。

鈴木 まゆ子 税理士
税理士鈴木まゆ子事務所代表。2000年、中央大学法学部法律学科卒業。妊娠・出産・育児の傍ら、税理士試験を受験し09年に合格、12年に税理士登録。現在、外国人のビザ業務を専業とする行政書士の夫と共に外国人の起業支援に従事する。現在、国際相続などについての記事執筆に取り組む。税金や金銭に絡む心理についても独自に研究している。ブログ「税理士がつぶやくおカネのカラクリ」

最終更新:5月21日(土)22時40分

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