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米国の食文化届けて60年 沖縄生まれ「ジミー」の歴史秘話

沖縄タイムス 5月22日(日)9時48分配信

 ケーキやクッキーなどの洋菓子にサラダバーを取り入れたレストラン-。米国の食文化をいち早く紹介し、沖縄県民に親しまれてきたジミー(宜野湾市、稲嶺盛一郎社長)が5月、1956年の創業から60周年を迎えた。「アメリカの豊かな食文化を県民に届けたい」と創業者の故・稲嶺盛保氏が食料雑貨店を起業して60年。現在はベーカリー、レストラン、デリカ、スーパーの4部門を柱に県内23店舗を展開する。稲嶺社長は「父・盛保の思いが事業のフレームとなっている。今後もそれを掘り下げていく」と語った。
 盛保氏は戦後、16歳で軍雇用員として北中城村内の米軍基地で働いた。基地内には物資があふれ、「特にパンの焼き上がる香りに刺激を受けていた。『香りと一緒に食文化を届けたい』と話していた」と稲嶺社長は懐かしむ。
 盛保氏は資金をため、56年5月、宜野湾市大山に食料雑貨店「ジミーグロセリー」を開店した。店名は、盛保氏の軍雇用員のときのニックネームから。「よく外資系と勘違いされる」と稲嶺社長は苦笑いする。
 ベーカリーが好評で業務を拡大したが、72年の沖縄復帰で県内の経済環境が変動し、経営不振に。外販部門を打ち切り乗り越えた。76年にはロゴマークを変更し、大山店を赤れんが造りに建て直した。海外視察の経験から駐車場を広めに取ったことで消費者の支持を得た。
 2号店の那覇店は82年の開店。「県経済の力、個人の消費がまだ弱かった」(稲嶺社長)と需要を案じた一方、大山店の成功が後押しした。
 新店舗で参考にしたのは交流の深いハワイのスーパー。稲嶺社長は「新店舗は本店よりも大きくて当然と捉えていた」と振り返る。
 その後も直営、テナントと出店を重ね、現在は沖縄本島内に23店舗を数える。自社製造の自社販売が基本だ。
 県内初のPOSによる商品管理やクッキーマシン導入など「父は先頭をきって行動する人だった」と稲嶺社長。米国やヨーロッパを度々訪問し、情報を集めて生かしていた。
 創業60年。稲嶺社長は「良いものを守りつつ、食文化の広がりに挑戦する」と意気込みをみせた。

■DVD制作 「感謝伝える」
 ジミー(稲嶺盛一郎社長)は、創業60周年を記念してDVD「ハッピー・ジミー・ストーリー」を制作した。稲嶺文子専務は、「キャンペーンや新商品など、1年をかけて県民に感謝の気持ちを伝えたい」と話した。
 DVDは60周年の歩みに加えて、創業者の故・稲嶺盛保氏の発案で制作した漫画で学ぶ「ジミー物語」も収録。「パンが珍しかったころ」から大山店に通っているという常連客の新城ヨシさん(99)らも出演する。
 取引先に配布する非売品だが、同社のホームページで公開予定。

最終更新:5月22日(日)9時48分

沖縄タイムス