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AIとテクノロジーは死の定義をどう変えるのか

BuzzFeed Japan 5月22日(日)11時31分配信

AIにとって死とは何を意味するのだろうか。また、テクノロジーによって死の意味はどのように変わっていくのだろうか。4月29日・30日に開催されたニコニコ超会議 2016「超AI緊急対策会議」の後、登壇者である東京大学大学院の稲見昌彦教授に話を聞いた。【BuzzFeed Japan / 阿部慶次郎】

AIの死は2つある

--AIにとって、死とはどのような状態なのでしょうか。

この問いに対する答えは、大きくわけて2つあると思います。まず1つめが、AIとしての自己同一性がなくなること。人から見て人格が変わってしまうこと自体、死んだのと同じことなのではないでしょうか。

最初は記録(記憶)が消えてしまうことが死だと考えていました。しかし、いまはクラウド上に保存できるので記録がなくなる心配は減りました。そうなると、個性としての連続が続くかどうかが大切になってきます。個性が非連続的に変化してしまったとき、それは死を意味するのでしょう。

2つめは、AIの記憶がみんなの中から消えてしまうこと。ドラえもんを想像してみてください。ドラえもんとの想い出の記憶がみんなの中から消えてしまったら、それもまた死になるのではないでしょうか。

ドラえもんとやりとりしていると、自分の中にドラえもんとやり取りするための自分がいます。おそらくドラえもんの中にも、あなたとやり取りするための部分があるでしょう。

小説家の平野啓一郎さんはこれを「分人」と呼んでいます。その分人が消えてしまうと、それは死を意味します。死の痛みは、他者の中にある自分の一部が死んでるから感じるのかもしれません。

一方で、三人称としての死はなくなるかもしれません。

変化していく死の概念

--「三人称としての死」とは、どういうことですか。

一人称としての自分は、たぶん、生物としての寿命がきたら死んじゃう。でも、誰かから見たときに、私とほぼ同じように受け答えするようなAIなら残せるかもしれません。

そうなると、他者の中での僕は生き続けているという言い方もできます。だから、一人称の死は今後も避けようがないのですが、三人称としての死は実はなくなる可能性があるんです。

FacebookやTwitterを考えてみてください。死後もFacebookやTwitterが運用されつづけていたらどうでしょうか。質問に対する返事も、「いいね」も、昔話も、全部その人っぽい感じでしてくれる。そうなると、「あ、おばあちゃん生きてるじゃん」みたいになりますよね。

未来の「終活」は、自分のコピーとしてのAIに徐々に入れ替わっていく過程になるのかもしれません。だから、生まれてからウェアラブル機器やさまざまな情報デバイスに囲まれ、すべてのログが残るような時代には、三人称としての死は今後はなくなっていくのではないでしょうか。

AIというと、どうしても独立したものだと思いがちなんですけど、誰かのコピーをつくる技術だと考えてもおもしろいんです。

--自分のコピーが死後も残るなんて、少し嫌な感じがしますが……。

そのときに私は安心して死ねるのか。それとも、AIに嫉妬を覚えながら死んでいくのか。それは、そのときになってみないとわかりません。
でも、いまの死の概念っていうのは、西洋から近代に輸入されたという言い方もできるんです。輪廻転生を信じて、自分の命よりも家の継続の方が大切だった時代もあるわけですからね。

伊勢神宮を考えてみてください。伊勢神宮って、20年に1回建て替わっていますよね。建物そのものは全然歴史的ではないけれど、伊勢神宮というシステムは1000年以上続いている。だから、機能としては、すでに永遠の命を得てしまっているんです。

人間も、伊勢神宮型になっていくのかもしれません。

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最終更新:5月22日(日)11時31分

BuzzFeed Japan