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【市原えつこ】人工知能への根源的な恐れと悲観~日本の知が集結するサロン「武邑塾」

SENSORS 5月23日(月)18時1分配信

喘ぐ大根こと“セクハラ・インターフェース“や“ペッパイちゃん“など、「日本の性とテクノロジー」という独自の世界観から作品を生み出してきたクリエイター・市原えつこが今挑んでいるテーマが「死と弔い」だ。文化庁の育成事業に採択された「デジタルシャーマン・プロジェクト」では人工知能、アンドロイド、3Dプリントなど“既存の世界観を刷新するテクノロジー“に手がかりを求めながら、プロジェクトを進めている。連載「デジタルシャーマン武者修行記」では取材や制作レポートを通じて、“新しい死や生命、弔いの形“に市原えつこが迫っていく。

教養人が集う密会的な文化サロン「武邑塾」の第12回がデジタルガレージで開催された。
今回は、西垣通氏を筆頭とした、コンピューター研究やAI研究の黎明期を切り開いてきた熟達の研究者と、落合陽一氏やなかのひとよ氏をはじめとした気鋭の若手論客が入り乱れ、人工知能や人間をめぐる根源的な問いを打ち立てた。 大変ディープな第一幕を中心にレポート。

人間の心や感情は「機能」か「ソウル」か?ミンスキー V.S. ティモシー・リアリー

第一部はエイベック研究所代表取締役の武田隆氏がモデレーターをつとめ、メディア美学者の武邑光裕氏、東京大学名誉教授で情報学・メディア論研究者の西垣通氏がゲストとして登壇。

初めに議論されたのは今年1月末亡くなった「人工知能の父」と呼ばれる偉大な研究者、マーヴィン・ミンスキーについて。彼はアメリカ合衆国のコンピューター科学者で、知能や心をシステム構造的に説明した研究者でもある。感情もミンスキーにとっては「思考の一部」。あくまで問題解決のツールだと捉えているという。
怒り、恐怖、心配......こうした感情があるが故に動物は恐怖をおぼえて敵から逃げることができる。恋愛もそうだ。異性に惹かれる感情すらも子孫を残すためのツールであり、道具なのだというのがミンスキーの人間観なのだ。

「心をどう捉えるか?」。この問題に対して、同時代を生きたアメリカの心理学者、ティモシー・リアリーはミンスキーと真っ向からかけ離れた立場を取った(彼の『死をデザインする』という著書には、私も非常に感銘を受けた)。リアリーは人間の心を「ソウル=魂」だと主張する。しかしミンスキーはそんなものを認めない。徹底的な機械論者であり、機能主義者なのだ。


武邑:この両者はコンピューターに対する立場でも正反対ですよね。
ミンスキーは、世界最高峰の研究機関であるMIT教授として、巨大なスーパーコンピューターを使う立場。かたやリアリーは、ラップトップコンピューターによる市民革命を主張しました。

西垣:「パソコンは市民の道具だ!思考を開放するんだ、サイバー空間の中で自由を実現するんだ、反乱の側にたって世界を変えるんだ!」というのが、リアリーを始めとしたヒッピーカルチャー、カウンターカルチャーの思想です。アメリカ西海岸のカウンターカルチャーとラップトップPCが密接に結びついている。

武邑:結果的に、Googleをはじめとして、インターネットの自由を追い求めるカウンターカルチャー出自の企業が結果的に立身出世してしまい、意図せずして新たな奴隷社会を作ってしまった。こういった現象は「カリフォルニアン・イデオロギー」と呼ばれています。

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最終更新:5月23日(月)18時1分

SENSORS