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日本電産の永守会長、 「自分より偉い人材を採る」

ニュースソクラ 5月23日(月)16時0分配信

【 わが経営を語る】永守重信日本電産会長兼社長・CEO(3)

 ――創業期から人材を積極的に集めてきた点も際立っていますね。 (聞き手は森一夫)

 今でも人集めに一番時間を使っています。それも自分よりも偉い人材を入れる。というのは、僕は息子に継がせる気が無いから、いかに良い人材を集めるかに徹しています。息子に継がせるつもりならば、優秀な人材を入れたら息子が危なくなる。僕はそんなことを考えなくていい。

 だからシャープの元社長の片山幹雄さんにも来てもらった(現代表取締役副会長執行役員・最高技術責任者)。シャープでは失敗したけど、それがいいんだ。君はそういう判断をしたから失敗した、わかるかと教えられる。挫折した人間はいいですよ。

 彼はもともとエリートで、切れ者や。カミソリみたいだ。君は、紙は切れるが大木はきれんぞ。これからはナタで大木を切れと、今教えているわけです。

 昨年9月に退任した呉文精代表取締役副社長(前カルソニックカンセイ社長)はプライドが強すぎた。うちでは、「泣かない、止めない、逃げない」の三無い主義でなかったらあかんと言っている。片山副会長はそれを身に付けている。

 ――人材を採る要諦は何ですか。

 夢を語ること。夢に共鳴してくれる人に来てもらわなければあかんね。僕は過激だから、共鳴する人は比較的少ない。だからこそ、この指にとまってくれないと駄目です。いやいや来たのでは、続きません。この会社では無理ですよ。

 もう1つ、自分の思いを生かせるチャンスがあるということが大事な点ですね。例えば銀行から系列会社に出て、銀行在職中の地位によって、その先も決まってしまうようなのではあかんね。うちでは銀行から来たのが取締役専務執行役員になっていますよ。実績主義やからね。

 ――人材を使うのは難しいでしょう。

 銀行出身者は使えないと京都の経営者はよく言うが、うちは成功している。なぜなら適材適所で使うからです。元銀行だからといって財務などで使ったらいかん。うちでは財務などでは一切使わない。特定の銀行出身者にさせたら、色がついて他の銀行の迷惑になるでしょう。

 海外業務に強い銀行の出身者だったら、海外事業をやってもらう。中国に工場を建てる場合、銀行の支店が現地に一杯あるから、先輩が行けば助けてもらえる。ベトナムに工場をつくるなら元ベトナム支店長を、インドなら元インド支店長をという具合に適材適所で起用する。

 最近は財務省から2人、経済産業省から2人、外務省からは大使が入っている。役員になっているのもいます。官僚は優秀ですよ。みな天下りではありません。銀行からも、人材を出してほしいと銀行に頼んできてもらっている。業績が悪くて再建のために派遣されてくるのとは違う。

 ――多様な人材を使いこなすカギは、永守さんの器ですか。

 自分の器は、どういう人材を入れるかによって決まるんですよ。独りで大きくはならないからね。自分がやっていた仕事を人に渡すことで、より大きな仕事ができる。だから任せられる人を集めてこなければいけない。そうすることで自分の器はさらに大きくなる。その辺のつまらない人間ばかり使っていたら、器は小さいね。

 周りに集まる人によって、器も城もどんどん大きくなる。大使が入ってくれたことによって、外務省関係にも人脈ができた。今、僕が面会を申し込んで、断る人はいない。財務省でも経済産業省でも事務次官以下、誰でも会ってくれる。それだけ視野が広がり、大きな戦いができるようになった。

 ――会社の発展に伴って、M&A(合併・買収)のレベルも上がりますね。

 最初は、カネが無いので、小さな会社を買う。大きな転機になったのは、2003年に三協精機製作所(現日本電産サンキョー)を買った時ですね。いろんな会社を手掛けて、あいつにやらせれば、解雇せずにあっという間に再建すると評価されるようになった。

 2015年3月期に売上高が1兆円になったのも大きい。今度は3000億円、5000億円、場合によっては1兆円の売上規模の会社を買える。

 不思議なんだが、創業して売上高100億円の壁を破るまで12、3年かかった。それから1000億円までもほぼ同じ。1000億円から1兆円までは、リーマンショックがあったので2年くらい余計にかかったが、だいたい13年プラスマイナスで来ている。この計算で行くと、1兆円から10兆円にするのも同じだろう。

 どの段階が一番きつかったかと言うと、ゼロから100億円までが苦しかった。そこを越えたら、楽になってきた。10兆円はもっと楽だと思う。

 起業は簡単じゃない。もう一回生まれ変わって起業をするかと言われたら、止めようかと思う。そのくらいしんどい。カネは無いし、人はいないし、注文は取れない。すべて自分で走り回ってやらなければならない。
 
 ――昔は不渡りに引っかかったら大変でしょう。
 
 えらいことになる。今は不渡りをつかむような会社とは取引しないが、昔はやられっぱなし。つぶれかかったのはみな不良債権のためですよ。困難を乗り越えられたのは若さの特権です。夜もろくに寝ないで働いて、実家のトラックを借りてモーターを運んでいた。若い時は気力、体力が十分で、夢もある。
 
 金策のために、金融機関に何べんでも頼みに行きます。今、起業家が出てこないのは、その執念が無いからです。1回断られたら2度と来ない。私だったら100回でも行きますけどね。
 
創業者はみな同じです。死に物狂いですよ。ソロバンはじいて損得を計算したら、起業なんかやれません。

■森 一夫(経済ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1950年東京都生まれ。72年早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社入社、産業部、日経BP社日経ビジネス副編集長、編集委員兼論説委員、コロンビア大学東アジア研究所、日本経済経営研究所客員研究員、特別編集委員兼論説委員を歴任。著書に「日本の経営」(日経文庫)、「中村邦夫『幸之助神話』を壊した男」(日経ビジネス人文庫)など。

最終更新:5月23日(月)16時0分

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