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富士重工が社名をSUBARUに変える理由

ニュースソクラ 5月24日(火)16時0分配信

ぶつからない車、新たな伝統を築けるか

 富士重工業は2017年4月から、社名(商号)をブランド名の「SUBARU(スバル)」に変更する。富士重工は既にカタログやコマーシャルなどで「SUBARU」と名乗っており、国内外で親しまれた自動車のブランド名に企業名を統一する。2017年3月期は、北米販売台数を8期連続の過去最高、世界販売台数を5期連続の過去最高と見込むなど絶好調な富士重工。社名変更が飛躍につながるのか?

 富士重工は戦前の名門航空機メーカー「中島飛行機」が前身。2017年に創業100周年を迎える。新興財閥だった中島飛行機は「軍需産業」として戦後GHQ(連合軍総司令部)に解体され、12社に分割された。このうち5社が再編して1953年、富士重工が誕生した。戦後しばらくは航空機製造が禁止されたため、富士重工は自動車メーカーに転進。1958年に発売した軽自動車「スバル360」はロングセラーとなり、スバルブランドが定着した。

 現在、富士重工は世界90カ国以上でスバルブランドのレガシィやインプレッサなどを販売。とりわけ北米では生産が追いつかないほど人気で、2017年3月期の年間販売目標は105万台と、初の100万台超えを視野に入れている。この「年間100万台」という数字は、世界の自動車メーカーとして、確かに決して大きくはない。この点は富士重工も心得ていて、「大きくはないが強い特徴を持ち、質の高い企業」(吉永泰之社長)を目指している。

 創業100周年を機に社名をブランド名と統一させる目的について、同社は「スバルブランドを磨く取り組みをさらに加速させ、スバルを自動車と航空宇宙事業における魅力あるグローバルブランドとして成長させることにある」という。

 富士重工は中島飛行機で戦闘機を設計した技術者が自動車を開発したため、スバル360には飛行機の先進的な技術がふんだんに取り入れられた。さらに、1966年発売のスバル1000は日本初の本格的な前輪駆動(フロントエンジン・フロントドライブ=FF)車で、今日のレガシィやインプレッサまで連綿と続く高性能な水平対向エンジンもスバル1000が始まりだ。

 軽量コンパクトで回転バランスが良く、低重心の水平対向エンジンは、元々は軽飛行機に用いられるレイアウト。左右対称で低重心の水平対向エンジンとFFの組み合わせから、1972年にレオーネ4WDを発売。今日のスバルの高性能を象徴する「シンメトリカルAWD」(エンジンとパワートレーンが左右対象なレイアウト)が生まれた。

 この「シンメトリカルAWD」により、レガシィ、インプレッサなどスバルのクルマの走行安定性の高さと、ハンドリングの良さを生み出してきた。日本で「スバリスト」、米国で「スービー(Subie)」と呼ばれる熱烈なファンを持つが、スバルはこのファンの期待を裏切らないクルマ作りを今後もできるかが課題となる。

 最近のスバルは安全が売りだ。「ぶつからないクルマ」の先駆けとなる運転支援システム「アイサイト」を逸早く商品化。2017年には自動車専用道路で渋滞時の追従機能を追加する。2020年には高速道路で自動運転の実用化を目指している。2018年にプラグインハイブリッドカー、2021年には電気自動車を投入するという。

 果たしてスバルは、かつてのスバル1000のような画期的な技術開発でライバルをリードし、そのDNAを50年後も維持することができるのか。創業100年の社名変更が起爆剤になるのか、真価が問われることになる。

ニュースソクラ編集部

最終更新:5月24日(火)16時0分

ニュースソクラ