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あか牛 希望の3頭 わが子のように 力の限り飼育 南阿蘇村の藤本さん

日本農業新聞 5月24日(火)12時30分配信

 世界農業遺産に認定された、熊本県阿蘇地域を代表する「褐毛和種」(あか牛)。農家の高齢化が進みもともと生産が縮小傾向にあったところに、熊本地震が追い打ちを掛けた。家族同然だった牛の死傷や牛舎倒壊は、農家に計り知れないショックを与えている。そうした中、生き残ったあか牛をわが子のように必死に育てている農家がいる。

牛舎倒壊死傷・・・ でも見捨てず

 南阿蘇村の繁殖農家、藤本工さん(77)は地震で生き残った子牛を育てる。日中は全壊した同村の自宅の後片付けをし、早朝と夜は軽トラックで妻のトミ子さん(70)と往復1時間かけ、牛を預ける高森町の県畜産農協の牛舎に通う。

 「人間の体温と同じくらいの湯で溶かしたミルクをあげる。子牛にとったら、自分はお母さん。自分の子どもよりかわいがらんと、牛は育てられん」。工さんは優しい表情を浮かべる。

 4月16日の本震で家と牛舎がつぶれ、工さんはたんすの下敷きになった。家族に助け出された時は、顔中、血まみれだった。それでも第一声は「牛はどぎゃんしたか」。牛の鳴き声は聞こえたが、ぺちゃんこになった牛舎の様子を見ることはできなかった。

 手当てを受けてすぐに向かったのは牛舎。重機でがれきを取り除くと13頭のうち、2頭は死亡。他の6頭も骨折などで立てずに廃用牛とせざるを得なかった。

 中学卒業後からあか牛を飼育して60年近く。あか牛で田畑を耕し、あか牛のおとなしい性格を知り尽くす。「あか牛は父にとって、生きがい。私たち4人の娘も牛で育てられた。父は、牛を心から愛していると思う」と娘の絹江さん(53)は代弁する。牛の世話で旅行を控え、正月も休みはない。あか牛を第一に生活してきた。

 今は生き残った子牛3頭が希望だ。子牛の出荷が終わる来年は離農する予定だ。工さんは「地震の悲しみを考えても仕方ない。力のある限りこのあか牛を育ててから、引退します」。元気に育つ子牛を見つめた。

政府の協力不可欠

 同県畜産課によると地震で推計750頭の牛が死亡、廃用になった。あか牛も含まれている。畜産農協南阿蘇支所の山邊寛美支所長は「長年、牛を家族のように飼育してきた高齢の牛飼いの多くが被害に遭った」と明かす。

 全日本あか毛和牛協会(熊本市)は「被災をきっかけに畜産を続けられない人が今後も出てくるだろう」とみる。「阿蘇にあか牛は欠かせない存在。絶やさないように政府や関係団体との協力が必要だ」と指摘する。(文=尾原浩子、写真=江口和裕)

日本農業新聞

最終更新:5月24日(火)12時30分

日本農業新聞