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初代米八さんの遺品常設 山中座、山中節の歴史パネルも

北國新聞社 5月24日(火)3時2分配信

 昭和初期に民謡「山中節」のレコード録音により、山中温泉の知名度を一気に高めた山中芸妓(げいぎ)、初代米八(よねはち)さんの遺品約20点が6月、加賀市山中温泉の観光施設「山中座」に常設展示される。山中温泉地区の有志が遺族から、愛用の着物や三味線、小鼓のほか、稽古で使った教本などの提供を受けた。初代米八さんの功績とともに、往年のスターにも愛された地元の民謡を後世に伝える。

 昨年11月に初代米八さんの顕彰供養祭が山中温泉の真言宗医王寺で初めて営まれたことがきっかけとなり、地元で功績を末永くたたえるべきとの機運が高まった。

 有志が孫の安実典子さん(39)=加賀市山中温泉塚谷町=に遺品の提供を依頼し、6月12日に山中座で開かれる「山中節認定審査会」(北國新聞社後援)に合わせて展示を始める。

 会場には三味線など遺愛の品のほか、山中節の歴史を記したパネルなども置く。デジタル音源化された初代米八さんが歌う山中節や初代米八さんの写真映像も流す。

 初代米八さんは1909(明治42)年に福井県で生まれ、15歳で山中芸妓となった。27年に山中節のレコードを録音し、ラジオで繰り返し放送されたことがきっかけで、山中温泉が全国で広く知られるようになった。

 初代米八さんは97年に87歳で亡くなるまで後進の育成に尽くした。山中節は石原裕次郎さんや森光子さんらにも愛された。

 有志のまとめ役を務める飲食店主二木克治さん(48)=同市山中温泉湯の本町=は「初代米八さんは山中節と山中温泉を全国区に広めた第一人者。功績を地元住民をはじめとする多くの人に知ってほしい」と話した。

北國新聞社

最終更新:5月24日(火)3時2分

北國新聞社