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糸数悲願 4年越し「王国」背負い 世界へ

沖縄タイムス 5月29日(日)6時47分配信

 夢はかなう-。人口約200人の久高島で育った日本重量挙げ界のエース糸数陽一(豊見城高校-日大出、警視庁)が、リオデジャネイロ五輪の重量挙げ男子62キロ級の代表切符を射止めた。ロンドン五輪を逃した悔しさを原動力に、目標にまっしぐらの4年間だった。狙うは自身の持つトータル300キロの日本タイ記録の更新だ。念願の大舞台でこれまで支えてくれた人たちへの恩返しを誓う。(石川亮太)

 県勢のリオ五輪代表決定は自転車男子ロードレースの新城幸也(ランプレ・メリダ)、内間康平(ブリヂストンアンカー)に続いて3人目。重量挙げでの五輪出場は平良朝治(1984年ロサンゼルス、88年ソウル)伊礼淳(92年バルセロナ)吉本久也(96年アトランタ、2000年シドニー)平良真理(旧姓仲嘉、シドニー)大城みさき(08年北京)に次いで6人目。

■1キロ足りなかったロンドン 諦めず精進 300キロ視界に

 「この場に立つことができてすごくほっとしている。支えてくれたみなさんに恩返しがしたい」。男子62キロ級の代表に選ばれた糸数陽一は目標としていた五輪出場が決まった率直な喜びと、感謝の言葉を口にした。
 4年前のロンドン五輪は、あと一歩で切符を逃した。悔しさのあまり、テレビ観戦もしなかった。
 一時は目標を失いかけたが、「恩返し」の実現を胸に自らを奮い立たせた。「あと1キロ足りなかった」との悔しさが原動力。「おまえが軽量級の軸となって引っ張れ」。監督やコーチ陣の言葉も支えになった。
 練習では、試合での目標の10~15キロ上回る重量を確実に挙げるようにした。試合では、「この1回の失敗で、五輪出場を逃すかもしれない」と自分を追い込んだ。
 2012年、14~16年と計4度の全日本選手権優勝、15年の世界選手権9位、16年アジア選手権優勝など、代表選考の対象になる大会で文句のない成績を次々と収めた。
 日本代表男子の小宮山哲雄監督も「選考委は満場一致」と明かす。ロンドン落選後、「リオ五輪の代表選考では『糸数しかいない』というくらいの力をつけたい」と自ら誓った通りのことをやってのけた。
 本番では、自身が持つトータル300キロの日本タイ記録の更新を狙う。「一本一本の試技を成功させ、一つでも上位を狙う。300キロを超えられれば、メダルが見えてくるかも」と語る。「浮かれている余裕はない。2カ月後にピークがくるよう、しっかり調整したい」と余念がない。
 減量の影響で腕や太ももをつる癖があるが、「どうしたらいいかも分かってきた。減量がうまくいけばきっといい試技ができる」。対策として、県産塩で作られた食品も取り入れた。
 「重量挙げ王国」と呼ばれる沖縄には、糸数の背中を追う後輩たちが数多くいる。「苦しいときも楽しいときもたくさんあると思うが、目標を見失わずに努力すれば、絶対に夢はかなうと伝えたい」と力を込める。
 故郷・沖縄への愛情は人一倍だ。「早く帰っておじい、おばあ、みんなに顔を合わせて『やったよー、五輪決まったよ』と言いたい」と笑みがこぼれた。

最終更新:5月29日(日)6時47分

沖縄タイムス