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被害女性が歩いた現場で… 地元在住記者が見た沖縄の現実

沖縄タイムス 5月29日(日)12時7分配信

 ひと月前の4月28日の夜。私はうるま市の自宅に帰る車中で、お気に入りの音楽を聴いていた。そのころ、自宅から車で5分の所に住む女性は、ウオーキング中に元米海兵隊の男に襲われ、恐怖と苦痛の中にあった。日米安保の下、米軍基地と隣り合うことを強いられた沖縄に住む、私たちの現実だ。同市の20歳の女性が行方不明になり、元米海兵隊の男が遺体遺棄容疑で逮捕された事件。24日、女性が「ウオーキングしてくる」と恋人にメッセージを送った午後8時すぎ、女性のアパート周辺を歩いた。(学芸部・榮門琴音)

 中城湾からの潮の香り、聞き慣れた虫の声、歩道を所々照らすオレンジ色の外灯。通りの家の窓は明るく、近くのスーパーでは子連れの客が列を作る。走る車は時々途切れるが、少なくはない。
 ここに暮らさない人たちは「道が暗い」とか「人通りが少ない」と言うかもしれない。しかし、生まれ育ったまち、住み慣れたまちだったらどうか。行きつけのスーパー、夏にエイサーを踊った道、通勤路。ここは私の生活圏、安心できる場所だ。
 暑さが和らぐ夜に、鍵とスマートフォンだけ持って出掛ける。何も特別なことではない。本土でも珍しくない光景だろう。だが沖縄では、歩いているだけで突然米軍絡みの犯罪に巻き込まれ、命を奪われる。
 近くのコンビニで荷下ろしをしていた運送業の男性(55)は「最悪の事件。わじわじーする」と憤り。買い物中の女性(27)は「よくウオーキングするから怖い」とおびえた。
 ふと、閣僚の言葉が思い浮かぶ。「沖縄に大きな負担を負っていただいている」。そこに、同じ国民であるという意識はまるでない。地元を歩きながら、日米安保という家の中、「いけにえ」と書かれた箱に閉じ込められたような感覚に陥る。
 「冗談じゃない、私たちはいけにえじゃない」。戦後71年、日本のどこに、こんなふうに叫びたくなる地域があるだろうか。
 米軍車両とすれ違う、米軍機が頭上を飛ぶ、通勤路で彼女の遺留品が見つかった場所を通る。そのたびに怒り、悲しみ、悔しさはぶり返す。遠く離れた場所で「再発防止に努める」という人たちに、沖縄で暮らす人たちの、こうした切迫感が分かるだろうか。
 車を北に走らせた。午後11時、彼女の遺体が見つかった恩納村の県道沿い。供えられた無数の花束に、沖縄の怒りや悲しみ、そして犠牲の歴史をみる。この時だけはと怒りを抑え、静かに手を合わせた。「パラパラパラパラ」。米軍キャンプ・ハンセンの方角から射撃訓練の音が響いて、悼む心にまで入り込んできた。

最終更新:5月29日(日)15時35分

沖縄タイムス