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「次は四国」実現なるか新幹線 2路線ある計画、その効果は

乗りものニュース 5月29日(日)15時43分配信

「さぁ、次は四国の番だ。」

 四国鉄道活性化促進期成会は2016年5月19日(木)、四国の新幹線実現に向けた取り組みとして募集していたPR活動に使用するロゴマークについて、31都道府県266作品のなかから最優秀作品が決定したと発表しました。

 選ばれたのは香川県の美馬成治さんによる作品です。ロゴマークについて美馬さんは「新幹線が走った後に、たくさんの花が咲き乱れているデザインにより、みんなの夢や希望を表現」したとのこと。また、「SHIKOKU」の「O」の形で四国をイメージさせ、さらに「さぁ、次は四国の番だ。」という文章を添えることにより、四国の新幹線実現に向け機運を醸成させるといいます。

 北海道新幹線が2016年3月に開業したことにより、北海道から九州まで新幹線で結ばれました。しかし四国は新幹線が通っていない、いわば「空白地帯」です。ですがその計画自体は、古くから存在しています。

ふたつある四国の新幹線計画、しかし…

 四国の新幹線計画は、運輸大臣(当時)により1973(昭和48)年11月15日に告示された「建設を開始すべき新幹線鉄道の路線を定める基本計画」に端を発します。ここで東京都と大阪市を結ぶ中央新幹線などとともに、四国を東西に走る四国新幹線(大阪市~徳島市~香川県高松市~愛媛県松山市~大分市)と、南北に結ぶ四国横断新幹線(岡山市~高知市)の2路線が示されました。

 兵庫県の淡路島と四国の徳島県鳴門市を結ぶ大鳴門橋は、この計画を受けて新幹線が通れるように設計、建設され1985(昭和60)年に開通。岡山県と香川県を結ぶ瀬戸大橋も同じく新幹線が通れる規格で建設され、1988(昭和63)年に開通しました。現在、瀬戸大橋ではJR在来線(瀬戸大橋線)が道路の下を通っていますが、その線路に並行してさらに新幹線用の線路を通せる空間が確保されています。

 しかし、1998(平成10)年に開通した兵庫県の神戸市と淡路島を結ぶ明石海峡大橋は、状況が異なります。道路単独の橋として造られたため、新幹線を通すことができません。そのため四国新幹線を大阪市から徳島市方面へつなげるためには、明石海峡や紀淡海峡(和歌山市と淡路島のあいだ)といった本州~淡路島間にある海峡へ、新たにトンネルや橋を造らねばならない状況です。四国と九州のあいだには現在、橋もトンネルもありません。

 また、「基本計画」が決定した翌年の1974(昭和49)年以降、四国の新幹線に関する地形、地質調査などが一部で続けられてきましたが、2008(平成20)年以降は国からの予算割り当てがない状態が続いています。

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最終更新:5月30日(月)12時21分

乗りものニュース