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「沖縄人も人間じゃないかっ!」

ニュースソクラ 5月31日(火)14時0分配信

再び思い起こされる魂からの叫び

 叫び声に混じり指笛も聞こえる。大勢の歓声が上がり高揚した男性の声。
 「沖縄人も人間じゃないか」-。

 1970年12月20日未明。場所は沖縄本島中部のコザ市(現沖縄市)。数千人の群集が米軍関係者の車80台以上を焼いた「コザ暴動」の貴重なライブ音源だ。地元ラジオ局の録音によるもので、最近も東京の明治大学で開かれたシンポジウムで再現された。

 このとき沖縄はまだ米軍の占領下にあった。兵士たちの傍若無人な振る舞いは日常茶飯。司法権は沖縄になく軍人の犯罪は軍法会議で裁かれた。コザ暴動の背景にあったのは、酔っ払い運転で糸満町(現糸満市)の主婦をひき殺した米兵への無罪判決だった。

 当時の琉球政府主席だった屋良朝苗は日記にこう書いている。
 「一大ショック、糸満の婦人レキ殺事件の無罪裁判等が刺げきになって何か起こらないかと気になって居た所、遂に来るべきものが来たと一大ショック」(沖縄県公文書館所蔵)

    ◇
 それから46年。復帰を経ても沖縄ではコザ暴動の引き金となった事件と同じように、住民の怒りを増幅させる出来事が繰り返されてきた。

 たとえば、1995年の少女暴行事件。容疑者3人は基地内で拘束されたが、米軍は身柄引き渡しを拒否した。世論が沸騰し8万人を超える県民の大集会に発展。日米安全保障条約体制が危機的状況に陥ってはいけないと、当時の日米首脳が普天間基地の返還で合意した。

 もう一つ、2004年に起きた沖縄国際大学構内への米軍ヘリコプター墜落事故。駆けつけた多数の米兵は、現場周辺や部品が飛び散った場所から大学関係者や住民を排除した。さらには取材していた地元テレビ局の撮影を妨害。「何の権限があるのか」「ここは米国ではない」などという声は無視された。

 酒酔い運転事件の無罪判決が米軍支配下で適法だったのと同様、95年や04年の事件でみせた米軍の対応は、日米地位協定があるがゆえに「合法的」とされた。

 そして今回の女性死体遺棄事件。当初米国は容疑者の「軍属」というあいまいな身分に着目して、「彼は米軍人でも軍雇用の米市民でもなかった。軍にサービスを提供する会社で働いていた人物で、地位協定上の地位を与えられるべきではなかった」(国防総省の報道担当官)と力説した。犯罪と米軍のかかわりを薄めようとしたわけだ。しかし、このロジックは沖縄の中で膨れ上がる「基地あるがゆえの犯罪」(安慶田光男副知事)という怒りを前に「全面的な謝罪」へと転化せざるを得なかった。

 しかも、米側が墓穴を掘ったのは、「日米地位協定上の地位を与えられるべきではなかった」はずの容疑者が軍属になれていたという協定のずさんな運用実態を明らかにしてしまったことだ。この問題に詳しい沖縄国際大学の前泊博盛教授は「軍属は米軍関係者用の車両ナンバーをつけられるし、税の優遇措置も受けられる。そんな軍属が適当に決められていたということが分かってきた」と指摘する。

    ◇
 今沖縄は、県議会の与野党すべてが地位協定の改定を求めている。しかし、25日に行なわれた会談で日米両首脳はこの問題に深入りを避けたようだ。

 コザ暴動の際に屋良はこういったと記録に残る。
 「沖縄人は本来、その感情があおられるような何か深刻なことが起きない限り、温和な人々である。ほかに頼みとするものがない時には、コザで起きたような騒動こそが『弱者が感情を表現できる唯一の手段』である」

 地位協定の改定をしないという不作為が米軍と本土政府による沖縄抑圧だととらえられたとき、そして引き続き米兵犯罪が頻発するとき、いったい何が起こるのか。

 「沖縄人も人間じゃないか」-。この島の人々に再びこう言わせ、「弱者が感情を表現できる唯一の手段」などに走らせてはならない。

軽部 謙介 (時事通信解説委員長)

最終更新:5月31日(火)14時0分

ニュースソクラ

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