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清水幹太インタビュー:「広告クリエイティブは経済活動のエンジン」カンヌライオンズのあるべき姿

SENSORS 6月2日(木)16時0分配信

カンヌライオンズ2016のオフィシャルメディアサポーターであるSENSORSでは、6月18日~の開催まで今年のカンヌライオンズの見どころについて紹介していく。連載第4回目は今年から新設されたDigital Craft(デジタル・クラフト)部門の審査員を務める、PARTY NY 清水幹太氏にカンヌライオンズに対する“想い“についてインタビューを行った。

カンヌは「おもしろ広告コンテスト」に戻っても良いのではないか

--これまでのカンヌライオンズ歴を教えてください。

清水: 10年ほど前にこの業界のデジタルの制作会社に就職したきっかけが、カンヌライオンズでした。憧れの場所で、いつかこの舞台で賞を獲りたい、なんて思っていました。 その後、関わった案件でカンヌライオンズにおいて様々な賞を頂いたのですが、制作会社時代はなかなか現地に行くこともできず、実際に参加したのは2011年PARTYを創立した年でした。 その後は、セミナー講演も二回ほどやらせて頂き、2014年はモバイル部門で初めて審査員も担当させて頂きました。その後も毎年参加していましたが、昨年からは「もう行くことはないかな」と思っていました。今年は審査員のお話を頂き、急遽参加することになりました。

--近年、新しいライオンズ部門が増えていますが、新しい機会として見られてますか?または、少し混沌としてしまってきているでのしょうか?

清水: 「もう行くことはないかな」と思っていた原因も、そのへんに無くはないのですが、カンヌ国際クリエイティビティフェスティバルという催しは、実はすごい自己矛盾を抱えてしまっていて、どこに行けばよいのか開催している側でもよくわからなくなってしまっているのではないかとすら思えます。

--その点、詳しく聞かせて頂けますか?

清水: 2007年に発表された「Nike+」- 靴にセンサーを埋め込んで走りを計測出来るサービス- がカンヌライオンズでグランプリを受賞しました。これはすごい大きな出来事だと思っていて、ある種「パンドラの箱」だったのではないかと思っています。 Nike+は企業のプロダクトであり、サービスだったわけで、もちろんのこと素晴らしいものなのですが、その商品をカンヌライオンズが「クリエイティブ作品」として評価したことが、迷走のきっかけになってしまったようにも思います。 企業のプロダクト/サービスを審査対象に入れたことで、「企業活動の本丸にあるプロダクト・サービス」と「広告」を同じテーブルで評価しなくてはならなくなってしまった。 カンヌライオンズがどこからどこまでの評価の対象とするのかがあやふやになってしまい、全てをカバーするために部門を増やさざるを得ないんです。
カンヌライオンズが本当に壁を壊して大きくなろうというのであれば、それを評価する審査員はそういった新しい分野のプロ・目利きを選んでくるべきなのに、どこの部門もほとんどの審査員が、もともとのカンヌライオンズの中心にいた広告代理店の人々です。 これはもう、サッカー選手が柔道の審判をやっているようなものです。結局、数年前に「広告祭」というタイトルをやめて、「クリエイティビティーフェスティバル」になった流れがありますが、実体は今でも広告祭として限られた広告業界の人間が広告の外へのルサンチマンを自分たちの領域で癒やす場にしかなっていません。 部門が増えるたびにカンヌライオンズはその寿命を自ら縮めているとも思います。
私はこのあたりでカンヌライオンズは「おもしろ広告コンテスト」に戻っても良いのではないか、と思っています。根本的に広告業界のプレイヤーは自分たちの専門領域である広告をきちんと「大事」にしてこそプロフェッショナルでいられるはずです。広告クリエイティブ界最大のお祭りなのですから、カンヌライオンズも、様々な分野を新設するだけでなく原点回帰のトリガー的ポジションとして広告業界全体を引っ張っていってほしいと思っています。

--カンヌライオンズがインタラクティブ・カンファレンスに進化しているとポジティブに見ている方もいらっしゃいますが、危機的ポジションというの視点もあるのですね。
今回、審査員を務めるのはまさに“新設部門“デジタル・クラフト部門ですが、この部門についてはどのようにお考えでしょうか。

清水: 色々、自分の意見をお話ししましたが、この部門の最初の審査員の一人として呼んでいただいたのはありがたいことです。私はデジタルの制作会社出身の人間で、自分で実際に手を動かして制作をしています。ずっと「デジタル・クラフト」を生業にしてきた人間ではあるので、そのスタートに関われるのは光栄です。 同業者として「自分もこんなのつくりたい」とか「こんなのつくれねー」と思えるものにたくさん出会い、プロとして恥ずかしくない評価をできたら良いなと思います。最終的に作った作品の迫力や熱は、実際に触ったり体験してみれば伝わるので、そういう作品をそういう作品として素直に評価することが責任であると思います。
賞を獲るために虚偽の内容で出品したり、他の人がつくったものを自分たちの作品として出品している事実があります。メディアアーティスト作品のアイデアをノンクレジット・ノーギャラで流用した「作品」がカンヌライオンズで賞を獲り事後に不評を招く、みたいなことが毎年のように起こっているのですが、この事実もカンヌライオンズが評価の対象を抽象化して広げすぎて純度を下げてしまったことに起因している部分もあります。
「デジタル・クラフト」は、そういう自己中心的な行動を取りにくい「つくったモノ勝負」の世界だと思うので、純度の高い審査結果を出せると良いな、と思います。 ひいては、広告・商業クリエイティブの仕事を「カッコいい」と思ってもらえる本物を残すのが「デジタル・クラフト」の審査員の責任だと思います。 広告賞の審査員って、良いホテルでうまい飯食って人のつくったものをああだこうだ言って名誉までついてくる“いいご身分“なわけですけど、それと引き換えに業界全体の未来を委ねられている重大な責任者でもあるはずなんです。

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最終更新:6月2日(木)16時0分

SENSORS