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読売新聞・渡邉恒雄主筆90歳、新聞の「主筆」とは何をする人なのか?

THE PAGE 6/4(土) 7:00配信

 読売新聞グループ本社の人事が、5月25日の各紙朝刊で発表された。この人事で注目されたのは、読売新聞グループ本社の代表取締役会長・主筆の渡邉恒雄氏から「会長」の肩書が取れ、「代表取締役主筆」になったことだ。会長はこれまで代表取締役社長を務めていた白石興二郎氏が就任することになったが、人事の発表における序列は渡邉主筆が筆頭であり、渡邉氏の社内での序列が上であることには変わりがない。新聞における「主筆」とは、何なのだろうか。

主筆は筆政を掌る

 読売新聞グループ本社広報部に今回の人事について問い合わせたところ、主筆の仕事内容については説明がなかった。しかし、新聞の論説や社論について記された本がある。読売新聞の副主筆を務めた朝倉敏夫氏による『論説入門』(中公新書ラクレ、2010年)である。

 同書によると、「読売新聞グループ本社職制」には「第二条 主筆は筆政を掌(つかさど)る」とあるという。「筆政」とは、広辞苑の最新版にも掲載されていない聞き慣れない言葉だが、新聞の論調や紙面づくりの方針を決めることである。朝倉氏は、「新聞としての報道機能、言論機能の両面にわたって指示、調整権限を有するということである」と書いている。つまり、記事・論説の最高責任者であるということだ。

「社論」をつくるのが「主筆」

 読売新聞には、毎週定例日に「社論・編集会議」を行っていると朝倉氏は書く。「主筆の下、論説委員長、編集局長を始め社論関係の主要役員が、二時間ないしは二時間半にわたり、いうなれば時事の森羅万象について議論する。したがって、日々の報道、社説は編集局長、論説委員長の責任に委ねられているとしても、主筆との全般的な『意』の疎通は十分にとれている」という。

 つまり、渡邉主筆のもと、紙面づくりや社説づくりの責任者が集まり、どんな紙面にしていくか、どんな論調で社説を書いていくか、そしてそれを紙面全体としてどうまとめあげていくかということを定期的に議論しているということだ。

 なお、読売新聞では論説委員長は「主筆の意を体し、委員会を統裁する」(論説委員会規定)と同書では記されている。論説委員長であっても、自らの方針で社説は書けないのだ。

 読売新聞では、「主筆」の職にあるものが紙面全体に責任を持ち、「主筆」の方針のもとに新聞が作られる、ということだ。

 なお、他紙にも「主筆」という職はある。朝日新聞では、船橋洋一氏や故・若宮啓文氏といった大記者がこの職を務めたものの、読売ほど強い権限はなく、紙面づくり全般に影響力を持っていたとはいいがたい。しかも、役員ではあったが、会長や社長ではなく、専務でさえもなかった。しかも、現在は空席である。毎日新聞では、伊藤芳明氏がつとめている。ただし毎日新聞はよくいえば自由闊達、悪くいえば記者が好き放題書いているところがあるので、主筆職があっても紙面全体をコントロールできているかといえばうたがわしい。

 地方紙でも主筆職を置く場合がある。1933年に桐生悠々主筆の「関東防空大演習を嗤う」という社説を掲載して新聞史上に名を残した信濃毎日新聞では、2005年から2014年まで中馬清福・元朝日新聞論説主幹が主筆を務めていた。中馬自身も1面に論説をたびたび書く一方、紙面づくりに力を入れ、新聞協会賞の常連受賞社になった。

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最終更新:6/4(土) 7:00

THE PAGE

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。