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子どもたちに笑顔を。トシさんの活動に集った熊本の仲間たち、パワーを生む。

ラグビーリパブリック(ラグビーマガジン) 6月3日(金)9時35分配信

 子どもたちから元気をもらった。そして、仲間のパワーも感じた。
 前日(6月1日)に続いて6月2日も熊本にとどまり、被災地の子どもたちと触れ合った廣瀬俊朗日本ラグビーフットボール選手会会長。この日は東町中学校と健軍東小学校を訪ねてメッセージを送り、タグ・ラグビーの指導にあたった。
 田中史朗、畠山健介というジャパンの仲間とともに子どもたちと接した前日とは違い、ひとりになった熊本2日目。ラグビーボールを通して大勢の子どもたちと触れ合うときに力を貸してくれたラグビーマンたちがいた。かつてトップリーグでプレーしていた地元・熊本出身の男たちだ。

心の底から笑い、走った。トシさん、フミ、ハタケが熊本の小学校へ。

 現在は同県内で働く立川大介さん(元・三洋電機/現パナソニック→キヤノン)、松尾健さん(元コカ・コーラ)、中田慎二さん(元キヤノン)の3人は、ジャパンのリーダーがやって来ると聞き、協力を快諾した。立川さんと中田さんは九州学院、松尾さんは文徳と、全員が熊本の高校出身。大地震の影響で非日常の中に身を置く子どもたちが笑顔になる光景を見て、廣瀬選手会会長同様に「自分たちの方が力をもらった」と話した。

 黄金時代の関東学院大で活躍するなど、トッププレーヤーだった立川さんはU19日本代表に選ばれたとき、高校日本代表と合同練習をした。そこに1学年下の廣瀬選手会会長がいたのを覚えている。また、ジャパンAのチームメートとしてともに戦ったことも。そんな仲間が自分の故郷の子どもたちのために足を運んでくれたことに感激した。
 2013年の春、実家が営む建築業を継ぐためキヤノンで現役引退。その後、天草市(県南西部/本土と橋でつながる離島地域)に戻り、仕事のため県内のあちこちを飛び回りながら、その合間には地域のタグ・ラグビー普及活動に加わることもあった。
 昨年のワールドカップでの日本代表躍進は、そんな生活を送っている中で起こった。
「ジャパンの選手たちには感謝です。あんな凄いことをやってのけた人たちと一緒にプレーしていた。自分の誇りです」
 ラグビーをやっていたんですよね。そんな声をかけてもらう機会もぐんと増えた。
「2019年のワールドカップでは熊本でも試合がおこなわれます。でも、まだまだ熊本でのラグビー人気は薄い。(天草など)地方に行けばいくほど、さらに認知度は低くなる。それを改善していく力になれたらいいと思っています」
 震災で被害を受けた人たちにあふれる県内。立川さんの就く仕事は、復興の最前線に立つものだ。
「『歩み出そう未来へ』。いま、熊本の建設業はこの言葉をスローガンに復興の力になろうと言っているんです」
 スクラムを組むのに大事なことは、よく知っている。

「なんでここにおると?」
 前日の夜、廣瀬選手会長と久々に会った松尾さんは何度もそう言った。
「だって忙しいでしょうし、(ラグビー)協会への承諾とか面倒だと思うのですが、そんなことにお構いなく来てくれたんだな、と思って。本当に嬉しいことですね」
 大きな体躯を京産大で鍛えに鍛え、強力なスクラメイジャーになった。コカ・コーラでも動かぬ岩となり、赤いパックを支えた男は、2011年度シーズンを最後に第一線を退いて2年前に故郷へ。立川さんと同じ地で同業者となって、普及活動にも携わってきた。
 昨秋のワールドカップを見て、松尾さんも心を揺さぶられた。「もう一回(ラグビーを)やりたくなりました」と思うとともに、「せっかくラグビーが広く知られるチャンスが巡ってきたのだから、これをものにしないといけない」と感じた。
「多くの子どもたちがラグビーをやってくれるようになったら嬉しいけど、そうでなくても、まずは楕円球のボールに触ってもらう機会を増やさないと。きょうのような地道な活動を手伝っていければいいですね」
 体のあちこちに痛みを抱えてピッチを去ったのに、すぐにグラウンドに戻った自分を見つめて思うことがある。
「引退するとき、久保さん(久保長 顧問)から、『コーラ(のラグビー)を卒業しても、ラグビーからはなかなか足を洗えませんよ。私なんて何十年もそんな状態ですから』という言葉をいただいたのですが、本当にそんな感じです」
 見事な『ぎょうざ福耳』は、このスポーツを一生愛し続ける証明書のように見えた。

 中大、日野自動車、キヤノンで活躍し、熊本に戻って2年。家業(事務機取り扱い)を手伝う中田慎二さんも、ふたりと同じようにタグ・ラグビーの普及に参加し、母校の後輩たちの指導に顔を出す日々を暮らしている。中大ラグビー部OBで実家が益城町にある芦原智信さんも2日間に渡って廣瀬選手会長の活動のサポートに駆けつけ、熊本大学ラグビー部、地元のピカソクラブからも、時間をやりくりしたラグビー仲間たちが校庭に集まり(6月1日)、同じ楕円球界に生きる人間たちで大きなパワーを作り出した。
 日本のあちこちに転がっている楕円球は、もっとたくさんある『ラグビーを通してできること』の種。多くの人たちの意識が高まりつつある。

最終更新:6月8日(水)11時4分

ラグビーリパブリック(ラグビーマガジン)