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ペルー大統領選の先頭を走るケイコ・フジモリ候補とは?

ニュースソクラ 6月5日(日)10時0分配信

フジモリ元大統領の「ファーストレディー」

 ペルーの大統領選で日系人のケイコ・フジモリ氏(41)が人気だ。

 4月10日に行われた第1回大統領選では39.18%を獲得し、他の4人の候補者を抜いて、1位となった。しかし、過半数には至らず、今週末の6月5日(日)には、前回投票で24.25%を獲得した元首相のペドロ・パブロ・クチンスキー氏(77)と決戦投票が行われる。

 ペルーの主要紙「エル・コメルシオ」が今月25、26日に行った世論調査で、ケイコ氏が45.9%の支持を獲得し、クチンスキー氏の40.6%を上回り優位にたっている。
 
 ケイコ・フジモリ氏の父親は、1990年~2000年にペルー大統領を務めた日系2世のアルベルト・フジモリ氏だ。日本でも広く知られるフジモリ氏は、2009年にペルーの最高裁によって禁固25年の有罪判決を受け収監中だ。

 父のフジモリ氏が大統領に就任した当時、ペルーはインフレ8000%という深刻な事態に陥り経済は疲弊していた。フジモリ氏は国家財産の売却、豊富な鉱物資源の積極的な発掘など「フジショック」と呼ばれる独自の経済政策で経済を立ち直らせた。

 一方で政策に反対する勢力を押さえつけるため議会を解散し、非常事態宣言を出すなどして自らへの権力集中を図った。92年に起こした「セルフクーデター」によって強大な権力を持ったフジモリ氏は、新しく作った憲法のもと旧憲法では認められていない3度目の大統領就任を果たす。

 これがきっかけとなり、国際社会から批難を浴びたフジモリ氏は、大統領辞任に追い込まれた。1度は日本に亡命するなどしていたが、2007年に帰国。25人の虐殺、ジャーナリストを含む2人の誘拐を主導したとして、禁固25年の判決を受けた。

 ケイコ氏は離婚した母親に代わって、19歳の時からファースト・レディとして活躍した。当時はフジモリ氏と共に世界各国を外遊する一方、心臓病を抱える子供たちのための慈善財団を立ち上げるなどの活動をしていた。その後は米国に渡りボストン大学を卒業、一度は母国に戻ったが2004年に再渡米し、コロンビア大学でMBAを取得する。

 30歳の2006年にコロンビアの女性として、史上最多得票数で国会議員に選出されると、2010年に新党を立ち上げ、党首となっている。2011年には大統領選に出馬し、選挙では現職のウマラ大統領に敗れたものの、父フジモリ氏の無罪は主張するが「恩赦は求めない」という発言で大いに支持を伸ばした。

 また、ケイコ氏の率いる新党に所属する弟のケンジ氏(36)は、今回の選挙でケイコ氏が負けた場合2021年の選挙に自身が立候補すると表明している。

 ケイコ氏は昨年9月に「父親の政権の時には間違いや犯罪もあった」と述べ、父と距離を置く姿勢を取っている。政策面では、中道右派としてクチンスキー氏と重なる部分が多い。

 条件付きの死刑制度復活などの犯罪抑止政策のほか、貧困対策などで貧困層からの支持が厚い。一方、クチンスキー氏の支持基盤は、首都リマを中心に人口の10%を占める白人支配階級である。ケイコ氏、クチンスキー氏共に中流層の支持が得られるかが、決戦投票の鍵となる。

ニュースソクラ編集部

最終更新:6月5日(日)10時0分

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