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舞の海秀平さん、川口で講演 伝統文化や国際化など、相撲の魅力語る

埼玉新聞 6月6日(月)10時30分配信

 大相撲の解説者として活躍している舞の海秀平さんが埼玉県川口市の総合文化センターリリアで講演した。舞の海さんは「普通のスポーツは観客は後回しで競技の公正、公平にこだわるが、大相撲はお客さん最優先。だから長い歴史を生き続けている」と相撲の魅力を語った。

■47年前からビデオ判定

 講演は川口法人会(近藤敏春会長)の第5回定期総会の公開記念講演会で行われた。

 現役時代は小柄ながら多彩な技を駆使し、観客を沸かせた舞の海さん。「スポーツは体重などで同じ条件で戦うが、相撲は自分の体重の倍以上の相手とも戦う」と話す。立ち合いについても「相撲は行司の掛け声で始まるわけではない。力士同士が目と目でぶつかって始まる。行司は後から『残った、残った』と言っている」とほかとは異なる点を挙げた。

 明治維新でもちょんまげを残すなど、伝統文化として1400年の歴史を生き延びつつ、ビデオ判定を他よりも先駆けて1969年から導入していることも触れ、「変えることは変える、残すものは残すという考えが成功した」と話した。

 外国人力士の活躍にも話に力が入り、「私のころはハワイ勢による“黒船”到来。その次はモンゴル勢による“蒙古襲来”。今は東欧諸国、ついにアフリカからも来ている」と語る。外国人力士の強さの理由について「目的は親孝行。交通事故で働けなくなった父のために仕送りをする力士もいる」と説明し、「強い力士が来てくれたからこそ大相撲がより楽しまれている」と国際化を歓迎した。

■2度の入門試験

 青森出身の舞の海さんは日本大学を卒業した時に教員採用試験に合格していたが、後輩が急死する事態に直面し、「彼はやりたいこともあったろうに死んだ。自分は生きている。やりたいことをやろう」と大相撲入門を決意した。

 当時の相撲協会の基準は「身長173センチ以上」で、4センチ足りない。びんつけ油で髪の毛を盛り上げて試験に臨んだが油が溶け、ばれて不合格に。美容外科で頭にシリコンを入れて臨んだ2度目の試験で合格した。

 後に当時試験官だった師匠の佐田の山親方に聞くと、「(最初の試験では)せっかく就職が決まっているのに苦労することはない、と落した。ところがお前は諦めないでまた来た。やる気があるなら必ず戻ってくると思っていたよ」と答えられたという。

 舞の海さんは「2度目の入門試験はシリコンをやらなくても入れてくれたのだと思う。諦めないで挑戦したのがよかった」と振り返り、600席のリリア音楽ホールをほぼ埋めた観客は、誠実な話しぶりに魅了されていた。

 当日は熊本地震被災地支援の募金も行われ、会場にいた熊本県関係者がお礼を述べる場面もあった。

最終更新:6月7日(火)11時58分

埼玉新聞

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