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【千葉魂】 不安と挫折を力に 平沢、光り輝く未来へ

千葉日報オンライン 6月7日(火)12時17分配信

 東京に戻る新幹線の中で前日の試合を振り返っていた。初めて対峙(たいじ)した日本を代表する投手が見せた投球は明らかに自分の時だけ違っていた。5月20日のバファローズ戦(京セラドーム)。ルーキーの平沢大河内野手は9番ショートでスタメン出場をした。最初の打席は二ゴロ。続く打席は空振り三振。バファローズ先発の金子の前に手も足も出なかった。一方的にねじ伏せられての凡退。打席の中で、圧倒的なレベルの差を痛感し、次の打席で代打が送られた。

 「ボクの打席の時はポンポンとストライクゾーンに投げてくる投球でした。手を抜いているとかではなくて、ボール球を使わなくても絶対に抑えられるという自信。それがマウンドから伝わってきた。他の先輩たちの打席とは明らかに違う攻め方。実力の差を感じましたね。練習をして、もっと頑張って一流の投手に、本気で勝負をしてもらえる打者にならないといけないと思いました」

 試合後、コーチ室に呼ばれ2軍落ちを通告された。翌日、野球バッグにバットケース、さらにキャリーバッグを手に、平沢は一人、新大阪駅から新幹線に乗り込んだ。1軍に上がって、10日間。いろいろな経験をし、プロのレベルを肌で感じた。そして自らの課題もたくさん、見つけた。車窓から見える景色をボッと眺めながら、初めての1軍の日々、打席を振り返った。濃密な時間だった。悔しい思いをし、先輩たちのプレーに自分の現在地がハッキリと分かった。いろいろなアドバイスをもらった。やらないといけない事はあまりにも多い。落ち込んでいる暇はないと気持ちを切り替えて、2軍に再合流した。

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 「まだ自分はそのレベルに達していなかったということ。1軍の投手のストレートのキレが違う。それに対してスイングで振り負けないようにしないといけない。パワーも全然、足りない。人よりもバットを振って、ボールを打って、ミート力も上げないといけない。練習をして一日一日、少しでも前に進まないといけないと思いました」

 今は同じ年のライバルたちの存在も大きな刺激になっている。山形でイーグルスとの2軍戦が行われた5月28、29日の2連戦。高校時代からライバルとして名前を挙げられるオコエ瑠偉と食事に行く約束をしていた。しかし、それは実現されることはなかった。その直前、オコエは1軍に昇格した。断りの連絡を受け入れるしかない自分がいた。そして彼は31日の阪神戦で初安打。さらに翌日の試合ではタイムリーを挙げた。寮の自室でスマホを見ながらライバルの情報を知った。「刺激になる。負けられないという思いになる」。あえて悔しさは押し殺した。この思いをエネルギーに変える。それしかないと自分に言い聞かせた。

 他にも最近、同じ年の選手の活躍が目につくようになってきた。同じ仙台育英からバファローズに入団した佐藤世那も2軍で初勝利を挙げた。共に甲子園を沸かせた中日・小笠原も1軍昇格。ホークス戦でプロ初先発をし、好投をした。そのたびに負けじ魂が火をつく。ロッテ浦和球場の室内練習場に向かいバットを振って、ウエートをこなす。ひたすらボールにその思いをぶつける日々が続く。

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 もちろん、そんな日々の中で不安にさいなまれることだってある。そんな時は高3夏の県大会を前に仙台育英高校の佐々木順一朗監督の言葉を思い出す。それはもし最後の夏に県大会で敗れ、甲子園に行けなかったらどうしようという当時、思い描いていた不安を力に変えてくれたメッセージだった。

 「不安がなかったら、人は頑張れないぞ。不安があるから、努力をする。成長をしようとする。今、不安を抱えているのなら大丈夫。きっとうまくいくよ」

 周りはマリーンズを背負う逸材と褒めたたえてくれる。時にはそれが重荷に感じることだってあるはずだ。なによりも痛感した1軍とのレベルの差はまだ埋まってはいない。ただ、そんな不安な思い、1軍での挫折、ライバルたちの活躍こそが平沢を奮い立たせる。心のモヤモヤが晴れるまで、やっぱりバットを振るしかないのだと自分に言い聞かせる。失敗や、苦しみこそが力となり、いつの日か栄光へと昇華させる。平沢大河、18歳の初夏。まだ、見ぬ活躍の日々に向けて、試行錯誤は続く。高い壁を乗り越えたその先にこそキラキラと光り輝く未来が待っている。

 (千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)

最終更新:6月7日(火)12時17分

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