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“例外”として羽ばたいた男…田沢純一の生き様

ベースボールキング 6月7日(火)19時30分配信

新たな道を作った男

 「将来は、メジャーリーグに行きたい」――。それはもう遠い夢ではなくなった。

 野茂英雄が開拓し、イチローや松井秀喜が広げた道を、今では多くの中高生が目指している。日本のプロ野球界で活躍した選手が次なる目標として挙げるのも、まったく珍しいことではない。

 しかし、現在レッドソックスでセットアッパーを務める田沢純一には、ほかの日本人選手と決定的に異なる点がある。そう、「日本のプロ野球を経由していない」ということだ。

 プロ野球を経験せず、メジャー球団と契約してトップまで昇格を果たすのは、マック鈴木と多田野数人以来で3人目。マイナー契約を経ることなくいきなりメジャー契約を結んだのは、初めてのことであった。

“例外”としてのメジャー挑戦

 横浜商大高から社会人・新日本石油ENEOS(現JX-ENEOS)へと進み、迎えた4年目に大ブレイク。2008年の都市対抗野球では全5試合に登板し、完封ひとつを含む4勝。28回と1/3を投げてわずか4失点、36奪三振で防御率1.27と大車輪の活躍で、大会MVPに輝いた。

 一躍その年のドラフト上位候補に登りつめるも、ドラフトを目前にした9月にメジャー挑戦を表明。記者会見を行い、プロ野球12球団にドラフト指名を見送るよう求めた。

 そもそも、日米間には「お互いの国のドラフト候補選手とは交渉しない」という紳士協定があり、球団から選手へのスカウトはタブーとされていた。しかし、田沢のように選手本人が希望するメジャー挑戦を日本球界側が阻止することは、「職業選択の自由」に反するという観点から“例外”として認められたのだ。

 この一連の騒動は、「田沢問題」として日本プロ野球のドラフト制度に問題を提起した。

 日本球界はドラフト制度崩壊への危惧と、人材流出に歯止めをかけることを目的に、「プロ野球のドラフト指名を拒否して海外のプロ球団と契約した選手は、球団を退団した後も一定期間(※大卒・社会人は2年間、高卒選手は3年間)はNPB所属球団と契約できない」とするルールを作成。いわゆる「田沢ルール」はこうして誕生した。

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最終更新:6月7日(火)19時33分

ベースボールキング

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