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わずか7日間で終わった“昭和64年“を忘れてほしくない/『64 ロクヨン』原作者・横山秀夫〈視線の先〉インタビュー

トレンドニュース(GYAO) 6月10日(金)10時6分配信

 たった7日間しかなかった昭和64年に起きた未解決の少女誘拐殺人事件(通称「ロクヨン」)。当時、刑事としてこの事件を捜査していた三上は、14年後の現在、広報官として記者クラブと警務部の板挟みとなる苦闘の日々を送っていた。そんな時、「ロクヨン」を模倣したかのような少女誘拐事件が発生! 前後編の大作として映画化されたミステリー『64 ロクヨン』。いよいよ物語も佳境に入る『後編』公開を前に、原作者・横山秀夫に作品にこめた思いを語ってもらった。

■わずか7日間で終わった“昭和64年“を忘れてほしくなかった

――この物語の発想の原点はどこにあったのですか?

 当時私は地方紙の記者をしていて、日々の紙面には県内で生まれた赤ちゃんの写真やお悔やみの記事が載るわけです。だから余計に強く感じたのかもしれませんが、昭和64年がたった7日で平成元年に置き換わった時、その間に生まれたり亡くなったりした人の大切な記録が、昭和もろとも消失してしまったかのような気持ちになりました。なんだか理不尽だな、と。そんなもやもやが記者を辞めた後も残っていて、作家になってから、昭和64年を何らかの形で後世に残したいと考えるようになった。それが出発点ですね。そこに、べつの頭で構想していた誘拐事件や広報官の物語が次々とドッキングしていきました。

――完成までは相当なご苦労があったと聞いています。

 もとはと言えば、『陰の季節』(本作にも登場する二渡=映画では仲村トオル、がキーパーソンになっている短編連作)と『動機』のすぐ後に書き始めたんですよ。ところが、短編の執筆依頼が殺到したり、入退院を繰り返したりしているうちに延び延びになってしまいました。そもそも当時はまだ長い物語を書く力量がなかったんだと思います。他の仕事の合間に書き進めようとしましたが、どうにもうまくいかなくて。雑誌で連載すれば否応なく書けるかと思ってチャレンジしたのですが、前半にボタンの掛け違い的な失敗をしていて、解消できずにギブアップ。その後もひとつ仕事が終わるたびに『64』と格闘を続け、一時は発売日が決まるところまでいったのですが、頭から読み返してみたら全然ダメで。これはもう永久に出来上がらないのではないかと絶望的な思いに囚われるようになりました。けれど、それでは作家を廃業するしかないわけで、最後の二年ぐらいは他のことは何もせず、ひたすらパソコンの前に座り続けて書き抜きました。まあ、とことん苦しんだ作品ですね。

――書き上げた時の感慨もひとしおだったのでは?

 ちょっとうれしかったですけど、むしろ「何でこんなにかかっちゃったの?」「バカじゃないの?」と思いましたね(笑)。

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最終更新:6月10日(金)10時6分

トレンドニュース(GYAO)

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。