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今年で24回目、住民主体の”葉山芸術祭”の魅力とは

SUUMOジャーナル 6月10日(金)8時0分配信

ここ15年ほどの間に、全国各地で開催されるようになった芸術祭。中でも24年間もの長い間、息長く住民に愛されてきたのが「葉山芸術祭」だ。ゴールデンウィーク前後の約3週間にわたって、神奈川県・葉山町を中心にメインイベントを始め100を超す参加企画が開かれ、緑萌ゆる新緑とともに町全体がほのかな高揚感に包まれる。この芸術祭の長寿の秘訣を取材した。

■“地域発”・”住民主体”の「アートプロジェクト」

「芸術祭」や「アートイベント」に訪れたことのある人は多いだろう。代表的なものに「ビエンナーレいしかわ秋の芸術祭」(1999~)や「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(2000~)、「横浜トリエンナーレ」(2001~)、「瀬戸内国際芸術祭」(2010~)、「札幌国際芸術祭」(2014~)があるが、いずれも最近始まり、かつ、2~3年毎に開催するものが多い。しかし、今回取材した「葉山芸術祭」は、スタートが1993年と古く、しかも、毎年行われるユニークな祭だ。

4-5年ほど前に知人主催のイベントに足を運んでから、私は毎年この芸術祭に訪れるようになった。海も新緑も眩しく光るこの時期は、葉山の良さを存分に享受できる気がしたし、「出展者がみんな楽しそう」なワクワク感が気に入った。あるイベントに顔を出すと「向こうでは〇〇さんがやってるよ」と紹介されたり、普段なら入れない民家に「作品展」にかこつけ訪問できるのも魅力だった。華々しく始まったものの徐々に継続が難しくなるイベントも多いのに、この葉山芸術祭はなぜ、こんなにも長い間、多くの人々を魅了してきたのだろう。

今回の取材で、実行委員の松澤さんが発した「地域発・住民主体のアートプロジェクト」という言葉が妙に気になった。続く「まちづくりとか、地域活性のためにやってるんじゃない」「自分たちの意志に基づきたい。だから住民主体なんです」という強い言葉に、葉山芸術祭の根幹を見るような思いがした。松澤さんのこうした言葉にフォーカスし、葉山芸術祭の歴史と今ある理由を探ってみよう。

■「世界レベルの芸術」から「生活芸術」へ

ことの始まりは1993年。「豊かな自然の中に人と芸術の息づくまちを!」をテーマに「世界の芸術と葉山の地域」をつなごうと住民有志が葉山芸術祭を発足させた。自然の中でウィーンフィル中心メンバーによるコンサートを堪能し、地元アーティストの個展も喫茶店やギャラリーで開催。当時掲げた「葉山の自然と芸術の融合」は今も変わらない大切な方針だ。

しかし、実行委員会が大幅に入れ替わった第4回から、芸術祭が指す”芸術”は「世界芸術(アカデミックな”伝統的”芸術)」から「生活芸術(暮らしに根ざしたアート)」へ大きく舵を切った。今では人出が最も多い「青空アート市」(森山神社の境内にクラフトやオーガニックフード店が並ぶ)の始まりや、体験型のワークショップの割合が増えたことが大きいという。

【画像1】左:境内の参道には道の両脇に手づくりの雑貨やアート作品のブースが並ぶ 右:境内にはオーガニックフードの屋台村も(写真撮影:SUUMOジャーナル 編集部)

「暮らしに根ざしたアート・クラフト」はその後の葉山芸術祭の行末を決定づけた。18の企画で始まった芸術祭は徐々に参加数が増え、第14回には110を超す企画が開催。「生活に立脚したアート」を謳って門戸を広げ、地域住民主体の芸術祭として定着したことが、数ある芸術祭の中でも異色を放っている。

■「地域住民の、地域住民による、地域住民のための」芸術祭

唐突だが、プロジェクトには「ボトムアップ型」と「トップダウン型」があると言われる。私は、実行者が決定権を持つボトムアップ型の方が企画の成功率は高いと信じているが、「葉山芸術祭」はその典型的な例のように感じられた。実行委員である松澤さんの「地域住民の、地域住民による、地域住民のための」の言葉が象徴的だが、その理由を以下の3つにまとめてみた。

(1)住民が実行委員だから、じっくり時間をかけて創る

他の芸術祭の多くは、地域活性を目的とした行政主導で、市民は「招かれ」「手伝う」存在だ。一方、葉山芸術祭は5人の住民ボランティアで運営されている。毎年100件以上の企画やイベントの切り盛りは並大抵の事ではないが、実行委員は「食べるためにやってるわけじゃない、楽しい・面白いからやっている」と意に介さず、「時間をかけて丁寧に、手塩にかける」ことが芸術祭の成功において大切だと強調する。

ただ、そうは言っても運営には大きなお金が必要。持続性を考え「(パンフレットのロゴ制作や、駐車場の案内など)手伝ってくれる人には僅かでも報酬を出す」と決め、運営資金の生み出しを実行委員の重要なミッションとする。寄付や出展参加者からの参加費(1企画1万円)を中心に、正当な理由があれば助成金を申請。住民が主体となって、自ら生み出したお金によって、何にも縛られない芸術祭を時間をかけてつくる。その意気込みが現れている。

【画像2】葉山芸術祭とそこから派生した金沢文庫芸術祭・大磯芸術祭は、まちづくりを意図しないが、住民主体でアーティストとコラボしながら結果的にまちづくりを担ってきた(出典:伊藤裕夫さん:日本文化政策学会前会長・「相模湾・三浦半島アートリンク(SaMAL)」推進会議副代表)

(2)参加希望者の「どんな企画も(原則)ノーと言わない」

毎年、葉山芸術祭の名のもとに多くの住民やアーティストが企画を立ち上げる。私も、今年は開放された貸別荘での「世界の肉」映画鑑賞会と極上肉BBQ、着物ギャラリーでの「布」展などに参加したが、このように葉山芸術祭の企画は多岐にわたる。”芸術”と銘打ったイベントで、芸術かどうかの線引きは誰がするのだろうと思っていたが、「どんなものでも企画者がアートと説明して、断言できるなら」無下にはしないそうだ。自分の考える「芸術・アート」を地域の人々と楽しみたい。その思いがあれば誰でも参加できる。この懐の深さも他の芸術祭とは違う点ではないだろうか。

(3)一般住宅を開放して作品展示する「オープンハウス」

最後に、最も特徴的、かつ象徴的なのが「オープンハウス」型開催という点だ。葉山には美術作家、音楽家、文筆家らが多く住み、その作品を「見たい」町の人がいる。葉山芸術祭はまさにこの、つくる人と見たい人を「つなぐ」役割を担っている。ならば見たい人には直接、作家の自宅や工房へ行ってもらおうと言うのがこの「オープンハウス」。

どこかのギャラリーで行う個展と違い、作家の自宅や工房では、その人となりや作品の背景まで感じられ、ファンにとっては貴重な機会だ。アーティストも「ギャラリーを借りる費用も手間も要らず、気軽に参加しながらも多くの人にみてもらえる」と好評。
自宅の和室に無数の作品を貼りめぐらせた写真家は「友達の家にお茶を飲みにくるように、”ゆっくり”して」とお茶をすすめてくれた。作家が日常を謳歌する緑豊かな町で、その自宅で作品を味わう、とても贅沢な瞬間だ。このオープンハウスは、葉山ならではの住環境や、その暮らしを大切する地域住民が産み出した新たな芸術の楽しみ方とも言えるだろう。

【画像3】自宅の居間を開放して作品を展示する写真家の佐藤正治さん。障子の細かな桟を活かした展示が魅力的。これだけの写真が一堂に会す機会は珍しく、佐藤さんと会話しながらお茶を飲んで癒やされる。年に一度のまたとない機会で、遠くからもファンの人が来てくれるという(写真撮影:小野有理)

■葉山芸術祭がもたらしたもの

芸術祭20周年を機に葉山芸術祭実行委員会内に設立された「葉山芸術祭調査研究グループ(HAFS)」が葉山芸術祭の歴史を調べ、地域住民が中心の葉山芸術祭は、多くのものを地域にもたらしたことを明らかにした。HAFSメンバー・関東学院大学准教授の兼子さんによると、(1)地域資源の(再)発見、(2)「葉山らしい」ライフスタイル、(3)葉山のコミュニティ創出の3つが、代表的なものだという。

(1)の地域資源の再発見では、忘れられていた森山神社や旧東伏見宮別邸が見出され、重要なイベント会場として住民が集う憩いの場へと変化した。葉山芸術祭を機に「葉山らしい場所」として日の目を浴びたとも言える。また、多くの出展者による「葉山」観が織りなされ(2)「葉山らしいライフスタイル」が生まれた。最近では「自然志向やスローライフ、オーガニック、環境配慮」などが人々を惹きつけている。こうして人が人を呼び、作品が新たな芸術を生むようなサイクルが芸術祭を軸にくるくる回る。(3)新たなコミュニティもどんどん生まれ、また人を呼ぶサイクルにつながる。

冒頭にも述べたが、葉山芸術祭は特殊なアートイベントだ。「地域住民の、地域住民による、地域住民のための」芸術祭としての成功例は少なく、ますます注目を浴びてより楽しくより長く続くだろう。「まちづくりのためじゃなく、自分たちが楽しいがため」の芸術祭は、通常のイベントが追いかけがちな来場者数や経済効果には目もくれず、芸術祭の「質」にこだわることで逆に多くの人を巻き込んだ。この姿勢は、まちづくりや地域活性のため奮闘する他の多くの自治体に、大きな示唆を与えてくれる。今後の芸術祭が楽しみだ。

なお、いろいろ述べてはきたが、実は一番大事なのは、葉山の新緑とアートの薫りを味わいたいと、来年の芸術祭をすでに心待ちにしている私がいることなのかもしれない。

【画像4】青空アート市が開催されている森山神社にて、実行委員のみなさん(写真撮影:SUUMOジャーナル編集部)

小野有理

最終更新:6月10日(金)8時0分

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