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アムロにあこがれ、借金3000万から世界一へ 室屋義秀選手、快挙へのあゆみ

乗りものニュース 6/11(土) 9:00配信

日本のアクロバット航空史に刻まれる快挙!

 千葉県の幕張海浜公園にて、「レッドブル・エアレース千葉2016」の決勝が行われた2016年6月5日(日)。日本のアクロバット航空史を語るうえで欠かすことのできない1日になりました。

 唯一の日本人パイロットとして「レッドブル・エアレース ワールドチャンピオンシップ」に参戦する室屋義秀選手は、この千葉大会初戦においてスモークが出ないトラブルに見舞われるも二戦目まで順当に勝ち抜き、決勝「ファイナル4」において好タイムを叩き出して見事、初優勝を飾りました。

 会場を埋め尽くした5万人の大観衆は、室屋選手の健闘と優勝に熱狂し、その歴史的な勝利を祝いました。

「世界一を目指してやってきた。届きそうで届かない。25年間かけてやっと達成できた。表彰台の頂点で『君が代』を聞く姿は何度も想像してきたが、今日の勝利はファンブースト(ファンの声援)のお陰です。人生最良の日です」と、室屋選手は初優勝の喜びを語ります。

「アムロ・レイになりたかった」小学生が

「小学生のときから『ガンダム』のパイロット、アムロ・レイになりたかった」という室屋選手がパイロットを志し、航空の世界へ飛び込んだのは1993(平成5)年、大学2年生だった20歳の頃。アルバイトで貯めたなけなしの資金を手に単身渡米し、英語ができず頼るツテもないなか、「ともかくパイロットになりたい」の一心でロサンゼルスにて飛行訓練を開始し、念願だった操縦士の資格を取得します。

 そして1995(平成7)年、室屋選手は但馬空港(兵庫県)において開催されたエアロバティックス(曲技飛行)の世界大会を観戦。「究極の操縦技術」を目の当たりにした彼は大いに感動し、ついに自分の目指すべき道を発見します。それは「操縦技術の世界一」。

 エアロバティクスの飛行訓練は、小型飛行機による通常の飛行と比べて3倍もの料金を必要とするも、室屋選手はフリーターとして働き、有り金をすべてはたいてアメリカで訓練を開始します。

 当時の教官は、室屋選手に「お前は世界一になれるよ」と言ったとか。「お世辞だったのかもしれない」と室屋選手は回想しますが、教官の予言は20年の時を経て、的中することになります。

 とはいえ、そこから室屋選手が世界一になるまでの20年間におよぶ道のりは、決して平坦なものではありませんでした。非正規雇用者という不安定な経済状況にあってお金も尽き、信頼していた教官も引退。飛行を諦め、酒に逃げて自暴自棄に陥った時期もあったといいます。

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最終更新:6/14(火) 10:44

乗りものニュース

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