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花束は癒えない県民の傷と涙【米軍属事件取材ノート】

沖縄タイムス 6月12日(日)12時18分配信

 女性の遺体が見つかった恩納村の雑木林には事件から40日を過ぎた今でも、花束が手向けられている。浦添市の50代女性に声をかけると「安全な沖縄をつくってやれなかった。私たちの責任」と涙した。多くの人が事件を自分のことのように感じ、傷ついている。
 小学生の時、沖縄市の空港通りで信号待ちをしていた私たち家族の車を、10人ほどの米兵が取り囲んだ。酔っていた米兵は叫び声を上げ、ボンネットをたたき、車を激しく揺らした。米軍関係の犯罪が起きるたび、あの日の米兵たちの笑う顔と叫び声が心の中で響き、頭から離れない。
 基地は沖縄を傷つけてきた。その記憶は大なり小なり、多くの県民が共有している。現場に手向けられた花は県民の癒えない傷と涙でもある。(社会部・新崎哲史)

最終更新:6月12日(日)12時18分

沖縄タイムス