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AKB48として「できること」を思索、Team8が震災を振り返る

MusicVoice 6月12日(日)22時46分配信

 AKB48 Team8の佐藤朱(19)、舞木香純(19)、岡部麟(19)、佐藤七海(16)、本田仁美(14)、小栗有似(14)が12日、都内でおこなわれた、イベント『交流ミーティング in 東京 ~「新しい東北」を創る人々~「若者」DAY』にサプライズゲストとして登場した。

 『交流ミーティング in 東京 ~「新しい東北」を創る人々~』は、東日本大震災の発生から5年の節目を迎え、東北復興における「新たな挑戦」に携わる人々に焦点を当て、復興の現状、被災地の「今」を伝えることを目的におこなわれている復興庁主催のイベント。

 今年6月を「東北復興月間」とし、東北の復興に関する取り組みを伝える情報発信の取り組みとして展開。AKB48は、2011年5月から2016年3月まで毎月1回、被災地を訪れ、復興支援活動。その活動は通算59回におよぶ。この日も6人が元気いっぱいのステージで「ヘビーローテーション」、「365日の紙飛行機」など4曲の歌、ダンスを披露した。

 今回参加したメンバーのうち、舞木、佐藤七海、佐藤朱、岡部麟の4人は、それぞれの実家で被災した経験を持つ。

 岡部は過去に、地元・茨城で川が決壊し被災。「大きな被害を受け、当時は自分が皆の力になるようなことができずとても悔しい思いをしました。でも今こうしてステージに立つ側の人になれたので、歌と踊りを通して、皆さんに笑顔を届けられるようになりたいと思っています」と改めて過去の経験から、手を差し伸べる側へと変わりつつある意識の変化を語った。

 岩手出身で震災の時は小学生だった佐藤七海は、自宅が海の近くにあり、全壊してしまったという。「私は実際に震災を経験していますし、そのことを将来いろいろな人に伝えていくことも、私にはできる一つなんだということを今日改めて認識しました。だからそんな風にこれからも私にできることを、たくさんしていきたいと思いました」とイベントの感想を語りながら、災害という課題に様々な方向から取り組んでいこうとする意欲を示していた。

 同じく自宅が津波の被害に遭い、学校の体育館での避難生活を余儀なくされていたという佐藤朱は宮城出身。自身がメンバーになる前に、被災地を訪問したAKB48のステージのパフォーマンスを見て元気や勇気をもらい、憧れたという。災害に対する意識については「私たちの時には、九州から来て助けていただいた方もいました。だからお互いを支えあって、忘れないことが風化を防ぐことにもつながるんだと思います」と、災害意識を風化させないための思いを語った。

 佐藤朱と同様に、被災地訪問で訪れたAKB48のステージを見て憧れ、この世界に入る決断をしたという舞木は福島出身。実家が原発の近くにあり、避難生活を送っていたという。「やっぱり私たちにできるのは、音楽を届けること。(これからも)歌とダンスで皆さんに笑顔とパワーをお届けしたいと思っています」と自身の経験を噛み締めながら、改めてAKB48としてできることの意義を語った。(取材・桂 伸也)

最終更新:6月12日(日)22時46分

MusicVoice

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。