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下積み10余年、起死回生の1曲「ファイト・ソング」でブレイクしたシンガー、レイチェル・プラッテン

dmenu映画 6月14日(火)7時30分配信

音楽活動をはじめてから実に10余年、ついにスポットを浴びたアメリカの女性シンガー、レイチェル・プラッテン。楽曲「ファイト・ソング」が昨年、各国で大ヒットし、今年の4月には初来日を果たし日本テレビ系「スッキリ!!」でも生歌を披露しました。長い年月をかけ、ついに自分の夢を実現させたレイチェルには、どんなサクセスストーリーが起こったのでしょうか?

■人生崖っぷちの状況で生まれた「ファイト・ソング」

大学卒業と同時にニューヨークを拠点に音楽活動を開始したレイチェル。40キロもあるキーボードを担いで音楽活動を行っていたそうです。チャンスが浮上しては消え、なかなか大きな進展には至らない日々を送り、いつしか年齢も30代に。くじけそうになっていたところ、“もう1曲作ってみよう”と、改めて自分自身に言い聞かせるために書き上げられたのが、この「ファイト・ソング」でした。日本でもリリースされ、

「レイチェルのファイトソング元気でる」
「めっちゃやる気出る!!今日も1日頑張るぞ!」
「ほんま勇気付けられた曲!」

など大反響。「自分はまだできるって証明するための歌」というパワフルな曲ですが、その強い想いがまさに現実のものになりました。

■テイラー・スウィフトやヒラリー・クリントン氏も虜に

レイチェルは、あのテイラー・スウィフトとの共演も果たしています。テイラーがレイチェルを自身のツアーに招いて、5万人以上の観客を前に「ファイト・ソング」を歌ったそうです。レイチェルいわく「5万人の観客と歌う自分を想像していたら、本当にかなってしまった」そうで、自分の願いが次々と実現しているようです。

「ファイト・ソング」をリリースし、“自分が大好きなことは、歌うことだ”と強い自覚が生まれた後に作られたアルバム『ワイルドファイア』は、全米初登場5位にランクインするという快挙を成し遂げています。アルバムタイトルに込められているように、まず自分自身の心に炎があるかどうかを確かめながら作られた楽曲たち。その燃える闘志に感化された人には、自身の選挙戦のイベントで「ファイト・ソング」を取り上げたというヒラリー・クリントン氏もいます。レイチェルの歌は、特に女性の応援歌として親しまれているんです。

ここまで長い道のりではありましたが、「この曲がたとえヒットしなかったとしても、音楽はやめなかったと思う」と、テレビ番組で明かしていたレイチェル。何があっても音楽を続ける覚悟を決めた彼女に、成功の女神が舞い降りてきたのかもしれないですね。リスナーを元気にするパワフルな歌声を、ぜひまた来日して聞かせてほしいです!

(文/岩木理恵@HEW)

最終更新:6月14日(火)7時30分

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