ここから本文です

自分ではじめた会社が倒産した。会員70万人の自社サービスが生まれて、死ぬまで。

STORYS.JP 6月14日(火)17時32分配信

人生共有サイト「STORYS.JP」に投稿されたストーリーをご紹介します。

地方で起業したIT開発会社が、VCからの資金調達に成功、パブリッシャーに業態転換を果たした後、倒産するまでの生々しい話。

このお話は、東北で起業したIT開発会社が、3年後に自社サービスを始めて、VCからの資金調達を成功させてパブリッシャになり会員70万人達成した後、倒産するまでの生々しい記録です。

システムの請負開発を事業とする開発会社(デベロッパ)にとって、自社ブランドのサービスを配信する会社(パブリッシャ)になることは、会社を大きく成長させるための夢であり、何かを失うかも知れない恐怖と背中合わせの賭けでもあります。

成功して得られるものは、「俺のサービスだ」と思えること。請負だと、たとえ何百万人の人が遊んでいても、サービスは他人のもの。自分が作ったはずなのに、自分のものとは思えない。この当事者意識の違いは、仕事の面白さに直結します。

失うものは、既存のお客様。自社サービスを伸ばすために人が足りないから、請負を断ってリソースを自社サービスに充てざるを得ない。しかし、万一自社サービスがコケたら一度断ったお客様が再び仕事をくれるだろうか?という心配がつきまといます。

私たちはこれらを乗り越え、請負業のデベロッパから始まり、地方にいながら自社サービスだけに集中、全国に配信するパブリッシャになりました。

しかし、成功は長くは続きませんでした。なぜか?

私たちの経験が、パブリッシャへの業態転換を夢を見るデベロッパにとって、何かの役に立てば幸いと思い書きます。

■ 創業して軌道にのせるまで

東北で創業したのは2004年、「K sound design」という名前の会社です。着メロが流行っていて、高品質で安く作ることへの需要が高く、あっという間に30人の雇用を抱える会社になりました。急成長できたのはお客様に恵まれた以外にも、未経験だったので雇用を増やすリスクについてよく知らなかったことと、仕事が新しく面白かったので若い人がすぐに興味を持ってくれたこともあるでしょう。

また、もともとは東京で働いていたので、その時にお付き合いがあった方に声をかけていただいたこと。東京の住処も残したままだったので、そこが東京の営業拠点になったことで、お客様にも身近に思っていただけたこともあったかと思います。こうして、東京の営業、東北の制作という分業が、すぐに回り始めました。

1/4ページ

最終更新:6月14日(火)17時32分

STORYS.JP