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そうだ京都に住もう[下] 好きだったコーヒーを仕事に、夫婦で移住

SUUMOジャーナル 6月15日(水)7時30分配信

「地方移住」と聞くと、そこでどんな「仕事をするのか、あるいはできるのか」をまず一番に考えることが多い。だが、どんな「暮らしをしたいのか」という視点で場所を選んでみてもいいのではないか。そんな軽やかな姿勢で京都・大山崎を選び、コーヒーの焙煎を仕事として暮らしている夫婦がいる。中村佳太さんまゆみさん夫妻が経営する大山崎 COFFEE ROASTERSに訪れてみた。

■結婚したのに一緒にいる時間がない、これでいいのかと考えた

大山崎町は京都駅から各停の電車に乗って15分ほど、大阪にも近いのに緑が豊かで水のおいしい場所だ。私も京都に行くと3回に1回は足を運んでしまう。アサヒビール大山崎山荘美術館やサントリーの山崎工場がある。豊臣秀吉と明智光秀が戦った山崎の戦いで、勝負を決める分岐点にもなった「天下分け目の天王山」という言葉でも有名だ。その駅から歩いて15分、レトロなマンションの1室に大山崎 COFFEE ROASTERSがある。

東京で知り合って2010年に結婚をした中村夫妻。しかし佳太さんの仕事は企業のコンサルティングで毎日忙しい。出張も多かった。「結婚したのに一緒にいる時間がない。こんなことでいいのかと思っていました。東日本震災のときも静岡に出張していて東京になかなか帰れない。それで自分たちの生活を見直して、東京ではないどこかに移住をして、二人で何かをやろう、という話になりました」と佳太さん。「会社や仕事を中心にする人生を否定するわけではないんです。ただ自分たちの暮らし方には合わないように感じました。大都市ではなく、自然が豊かでゆっくりとした場所で暮らしたいと思い、東京を離れようということになりました」

1年間くらい働きながら、移住先や仕事を模索した。九州、岡山、神戸と日本全国を回り、実際に足を運んでみた。特別、京都で探していたわけでもなかったそうだ。「ある日私が『そういえば京都に大山崎というところがあった』と思い出しました。アサヒビールの大山崎山荘美術館に来たことがあって、素晴らしい環境だったことが頭に浮かびました」と妻のまゆみさん。

早速二人で大山崎に来てみた。「駅を降りた瞬間からここだと思いました。ホームからは天王山が見えるし、なにより空気が違っていました」と佳太さん。そのまま不動産会社に足を運んだそうだ。2012年9月に大山崎に移り住んだ二人は、この地で好きだったコーヒーを仕事にしようと考えた。

【画像1】夫妻の移住のきっかけになった大山崎山荘美術館(写真撮影:四宮朱美)

■緑と水と空気がおいしい大山崎でコーヒーを焙煎する

「2人とも結婚したころからコーヒーの魅力に取り憑かれ、さまざまなコーヒーを飲み歩き、カッピングや抽出・焙煎について学んでいました。人口が多くない街でもできて、全国に向けて発送ができるという焙煎所が、まず始めるにはいいんじゃないかなということになりました」。焙煎所を本格的に始めたのは2013年の6月。はじめはネットショップのみのオープンで、実店舗はなかったそうだ。

「はじめからお店は持ちたかったのですが物件が見つからず、自宅で焙煎していました」。2013年の夏ごろに、JR山崎駅構内のスペースで対面販売をしてから、地元のお客さんとの交流が始まった。「小さな街に、よそから若い夫婦が移住してきてお店を始めたというので、温かく迎えてくれました」。出張販売やイベントの機会も増えてきた。

住み始めてからレトロなマンションを紹介してもらうことができ、2014年の11月に実店舗をオープンした。
「緑あふれる道にひっそりと建つレトロな建物。歴史を感じるその独特の雰囲気に、初めて訪れたときから心奪われてしまいました。ここを自分たちの手でリノベーションしたいと思い立ちました」

ダークグリーンに塗られた壁もテイスティングするテーブルもセルフリノベーション。「業者に頼むなら、ある程度お金をかけないと満足できるものはできない。それなら自分たちの手で考えながらつくった方がいいと考えました」。落ち着いた店内はコーヒーをテイスティングするのに適した空間だ。なんと壁の馬の絵は知人のアーティストが描いてくれたものだそうだ。「実店舗を持ってからは、近所のお客さんもよく買いにきてくださるようになりました。それがすごくうれしいですね」とまゆみさん。

【画像2】自分たちでリノベーションした店舗。壁には知人の手による馬のイラスト(写真撮影:四宮朱美)

【画像3】小型の焙煎器で少しずつていねいに焙煎する(画像提供:中村佳太)

■「街づくり」というより「街のこし」が大切だと感じた

取材した日の前日は酒解(さかとけ)神社の「神幸祭」でおみこしも担いだという佳太さん。今ではすっかり地元に溶け込んでいる。地元の仲間と一緒に「oYamazaki まちのこし プロジェクト」も立ち上げた。

「天王山と河川がつくりだす自然、美術館やウィスキー蒸溜所、千利休の茶室などの歴史のある文化施設など魅力あふれる土地ですが、これらは『残そうと思って努力しないと残らないもの』なのだということを痛感しました。しかも山崎エリアは二つの府にまたがっているため、行政による街づくりも限界があるという現実も知ったのです」。移住をしてきた自分たちだからこそ実感できる大山崎の魅力を、全国に発信したいと思ったそうだ。

実際にこの街に暮らして、大山崎にはアーティストや伝統工芸の職人さんなど、さまざまな分野のクリエイターがたくさん暮らしているということを知った。「そんなときに出たアイデアが映画制作でした。観た人の心にも残るような作品をつくれば、それが『まちのこし』の一つの形になると思いました」。スタッフも素人なら、出演者も素人。実は佳太さん自身が主演している。「映画のタイトルは『家路 on the way home』。予告編をインターネットで公開、街のイベントでも上映し、クラウドファンディングなどを活用して、少しずつ募金を集めました」。映画部の学生が、撮影の手伝いを申し出てくれるなど協力者も増えた。同時に地域にどんどん溶け込んでいった。

「私たちのお店は、名前に『大山崎』が入っています。それは大山崎という土地への愛情であったり、誇りだったりなんですよね。だからこそ地元の人にその存在を知ってもらい、受け入れてもらえたのはすごくしあわせなことです」

【画像4】マンションの1室の店舗はトレイの看板を目印に(左 写真撮影:四宮朱美/右 画像提供:中村佳太)

■マーケティングや戦略を考えたら、移住はできない

「前の仕事が企業のコンサルタントなので、経営や会計といった数字にかかわることを考えることが多かったです。でも移住に関してはそれを追求するとうまくいかないと思います。人口の少ない街でしかも駅から遠くて、人から見たら無謀だと思うかもしれませんが、このペースがいいと感じています」と佳太さん。

実際、夫妻が来てからコーヒーが好きになったご近所もたくさんいる。店に立ち寄って話しながらコーヒーを試飲していく人もいる。彼らが来たことで少しずつ周りにも影響が広がっているのだと思う。「焙煎所を始めるときに不安はありましたが、なんとかなるだろうという自信もありました。2人で楽しんで暮らすことが第一で、そのために仕事があると思っています」と佳太さん。

お店では、ブラジルやエルサルバドルやグアテマラといった南米などの高品質なコーヒー豆を焙煎し、新鮮なうちに届けている。お店を開けているのは週に2日、他の日はイベントに出店したり、佳太さんはライターの仕事をしたりしている。お店をやりたいという想いと、時間にしばられない生活をしたいという想いの両方を実現したかった。その結果が週2日の営業というスタイルだ。まず暮らし方から考えてみた先に「移住」があり、そして「コーヒー焙煎」という仕事がつながった。肩肘張らない姿勢に「移住」が身近に思える話だ。

お土産に買って帰ったコーヒーを友人にふるまうと、「美味しい」と歓声が上がった。鮮度を守るため、販売はすべて豆のまま。挽き売りはしていない。豆を挽きながら「大山崎」の緑いっぱいの道や焙煎所での温かい会話を思い出した。また一つ京都を訪れる理由が見つかった。

●取材協力
・大山崎Coffee Roasters

四宮朱美

最終更新:6月15日(水)7時30分

SUUMOジャーナル