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訪日外国人旅行客数は増加するのか~「2020年に4,000万人」達成に高い壁、新たなインバウンド拡大策が必要

ZUU online 6/16(木) 15:10配信

■要旨

政府は、2020年に訪日旅客数を4,000万人とすることを決定したが、中国をはじめとする新興国経済の減速や急激な円高の進展もあり訪日旅客数の増加ペースが鈍化するとの見方が強まっている。そこで訪日旅客数を被説明変数とし、実質GDPや対円為替レート、震災の影響などを説明変数とするモデルを用いて2020年の訪日旅客数を推計した。

その結果、大幅な円安や成長率の上振れが実現したとしても、政府目標である「2020年に4,000万人」の実現は困難が予想される。政府目標を達成するためには円安に頼るだけでなく、従来の施策(訪日ビザ緩和、免税制度の拡充等)に加え、新たなインバウンド拡大策が必要となろう。

■好調な訪日外国人旅行客数

訪日外国人旅行客数(以下、訪日旅客数)は、円安の進行や訪日ビザの発給要件緩和、LCC(格安航空会社)の就航数増加、免税制度拡充などを背景に伸びを加速させている。

日本政府観光局(JNTO)によると、2015年の訪日旅客数は1,974万人と、2020年に2,000万人としている政府目標が前倒しで達成される勢いとなり、政府は今年3月に2020年の目標を倍増の4,000万人とすることを決定した。

2015年の訪日旅客数を国別にみると、中国が前年比107%と倍増し、長年にわたって最大シェアを占めていた韓国を抜き最多となった。アジア諸国からの訪日旅客数は中国、香港、台湾、韓国の4カ国で全体の70%を占めている。近年、アジア諸国を中心に訪日旅客数が増加している背景には、前述のとおり、ビザの発給要件緩和などが挙げられるが、大幅な円安の進展が大きく影響している可能性が高い。

2012年以降、順調に増えてきた訪日旅客だが、2016年初から中国をはじめとする新興国経済の先行きが懸念されるなか、急激な円高の進展もあり増加ペースが鈍化するとの見方が強まり、これまで訪日旅客による消費活動の恩恵を享受してきた小売、旅行業界などへの影響が懸念されるなどインバウンドの持続性に不透明感が漂っている。

本稿では、こうした金融・経済環境の変調が先行きの訪日旅客数にどのような影響を及ぼすのか、について明らかにした上で先行きを展望したい。

■中華圏では為替レートが訪日旅行の重要な決定要因

日本への旅行需要は、自国の所得や為替、物価水準、震災といった要因に影響されるものと考えられる。そこで被説明変数を訪日旅客数とし、実質GDPや対円為替レート、相対価格、震災の影響などの説明変数を用いて、以下のような重回帰分析を行うこととする。

【被説明変数】 ARR:訪日旅客数
【説明変数】  GDP:対象国の実質GDP
        EXR(-1):1四半期前の対象国通貨の対円為替レート
        ERP:相対価格(日本の消費者物価指数÷対象国の消費者物価指数)
        DME:東日本大震災のダミー変数(2011年4-6月期=1、それ以外=0)
        C:定数
【対象国】   中国、香港、台湾、韓国、米国、ドイツ、フランス、英国
【推計期間】  2003年1-3月期~2016年1-3月期 

上記の推計式では実質GDPが上昇すると、国民の可処分所得が増加するため、訪日旅行がしやすくなる。このため、実質GDPの符号条件は正であると考えられる。また、対円為替レートについても、円安は訪日旅行需要を増加させるため、符号条件は正となる。

一方、相対価格は日本の消費者物価指数を対象国の消費者物価指数で除したものである。相対価格の上昇は日本への旅行費用の増加をもたらし、結果として訪日旅行需要の減少につながるため、符号条件は負であると考えられる。このほか、訪日旅客数が減少する要因として、東日本大震災のダミー変数も考慮した。

こうした前提条件のもとで分析を行った結果、英国では実質GDPの弾性値の有意性が低くなったほか、香港を除く7カ国では予想に反して相対価格の弾性値がマイナスとなるなど統一的な結果が得られなかった。そこで、これらの7カ国を対象に相対価格を説明変数から除外した推計式の導出も試みた。

この結果、いずれの国でも実質GDPが上昇すると、訪日旅客数が増加することが明らかとなった。なかでも韓国や米国、台湾では実質GDPの弾性値が他国に比べ大きく、自国の経済状況が訪日旅客数の重要な決定要因となっていることが分かる。一方、中国では弾性値が0.86と他のアジア諸国と異なり、自国の経済状況が訪日旅客数に必ずしも大きな影響を与えていないことを示す結果となった。

対円為替レートについても全ての国で有意な結果が得られ、とりわけ中華圏では弾性値の大きさが目立つ。すなわち、円安によって日本での購買力が高まると、中華圏からの訪日旅客数が増加しやすくなることを意味する。

上記の推計値と実績値をグラフに示すと、いずれの国でも両者の間に一定程度の乖離(上記の推計式では説明できない部分)が生じていることが分かる。上振れ要因としては、訪日ビザの発給要件緩和やLCCの就航数増加、免税制度拡充などが影響したものと考えられる。一方、中国や香港では2012年半ばから2013年末にかけて下振れているが、これは尖閣諸島問題に伴う日中関係悪化などが影響しているとみられる。

このように、訪日旅客数の決定要因は国によって異なることが明らかとなった。訪日旅客数は殆どの国において実質GDP、為替レートに対して弾性的であり、アジア諸国からの訪日旅客数は著しい経済成長や円安の進行によって大きく増加してきた。また、訪日ビザの発給要件緩和や免税制度拡充など政策面からの押し上げ効果も大きかったものと考えられる。

■「2020年に4,000万人」達成の壁は高い、新たなインバウンド拡大策が必要

アジア諸国を中心に高成長が期待されるなか、政府は2020年に訪日旅客数を2,000万人とする従来の目標から、2倍となる4,000万人へ増やすことを決定している。そこで、政府目標の実現可能性を検証するため、前項で導出した推計式を用いて2020年の訪日旅客数を推計した。

まず、ベースシナリオとして、各国の成長率はIMF見通しを用い、為替は現状から横ばいとした。このベースシナリオでは、2020年の訪日旅客数は2,540万人と政府目標に大きく届かない推計結果となった。そこで、為替水準が現状から30%円安(シナリオ①)(*1)、実質GDPがIMFの見通しから2%上方修正(シナリオ②)(*2)、①+②(シナリオ③)、を想定した場合の訪日旅客数をシミュレーションした。

なお、対象国の実質GDPにはIMFの見通しを用いたが、為替レートが大きく変動すれば実質GDPも影響を受けるため、あくまで機械的な試算であることに留意する必要がある。

シミュレーション結果によると、シナリオ①~③のいずれにおいても政府目標の4,000万人を下回る計算になる。

大幅な円安、成長率上振れを想定したシナリオ③では、中華圏からの旅客数が年々15%と大変速いペースで増加する推計結果となったが、それでも全体では3,617万人と政府目標を達成するまでには至らなかった。また、シナリオ②、③では中国が2020年にかけて8%成長を続けることを前提としており、減速が懸念される中国経済が持ち直したとしても、その押し上げ効果は限定的にとどまるとみられる。

このように、2020年にかけて現状の水準から大幅な円安や成長率の上振れが実現したとしても、政府目標である「2020年に4,000万人」の実現は困難が予想される。もっとも、中国国家統計局によれば中国本土からの海外旅行者は年間1億人を超えるとされ、このうち訪日旅客数は5%程度に過ぎず拡大の余地は十分にあると言える。

さらに訪日旅客数の増加を促し、2020年に4,000万人といった政府目標を達成するためには円安に頼るだけでなく、従来の施策(訪日ビザ緩和、免税制度の拡充等)に加え、新たなインバウンド拡大策が必要となろう。

5月13日に観光庁が公表した「平成28年版観光白書」によると、2016年は一部の観光地だけでなく、国内のあらゆる地域で訪日旅客受け入れのための環境整備を進めるとされている。いっそうのインバウンド拡大を実現する上で、魅力的な観光資源の掘り起こしや対外的な発信を通じた地方への誘致が鍵となるだろう。

(*1)2020年10-12月期の対円為替レートが2016年1-3月期の水準から30%円安となることを想定。2016年4-6月期から2020年7-9月期の見通しは線形補完により推計。
(*2)2016年から2020年の実質GDP成長率が各国ともIMF見通しから各年2%上振れることを想定。

岡圭佑(おか けいすけ)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究員

最終更新:6/16(木) 15:10

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