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1日11時間以上の実習の末に自殺… 就職難の韓国で続く若者たちの悲劇

ハンギョレ新聞 6月16日(木)6時56分配信

特性化高校でeショッピングモールを学んだが 専攻と無関係な外食産業に就職 「スープ作り」の辛い仕事に罰則 シェフの夢を持ち始めて131日後に自殺

 先月7日午前5時、京畿道広州(クァンジュ)の静かな田舎道で、キムさん(19)が亡くなったまま発見された。遺体のそばにはあるレストランの制服がきちんと畳まれていた。前日の午後、勤務中に会社から出て行ったキムさんは、約12時間後に冷たい遺体となって家族のもとに戻ってきた。遺書はなかった。キムさんがなぜ自殺を図ったのか、誰もその真相は知らない。キムさんが最近「飛び降りたい」と漏らしていたという友人の証言だけが残された。19歳の春、キムさんはなぜ自ら命を絶たなければならなかったのか。

 キムさんは特性化高校3年生だった昨年12月7日、京畿道城南(ソンナム)市盆唐(ブンダン)にあるレストランに早期就職した。キムさんの専攻「インターネットショッピングモール」とは全く異なる分野だった。電算や会計、コンピュータなどの資格を5つも持っていたが、なかなか就職が決まらず、選択した道だった。「現場実習生」(2カ月)の期間を含めて試用期間3カ月が終わると、正社員になる可能性もあった。「1年間働くと、4年制大学に特例入学もできる」という話にも惹かれた。「もしかしたら、シェフになれるかも知れません」。その頃キムさんは父親にこう言った。

 キムさんの社会生活は「契約」の段階から順調ではなかった。キムさんと学校、会社の3者は、一緒に作成した「現場実習の標準協定書」で「現場実時間は1日8時間とする」と約束したが、キムさんは会社側と「1日に11時間未満の労働」をするという別の「労働契約書」を書かされた。それさえただの紙だけの契約だった。レストランの洋食部の新入りとして「スープ作り」業務を任されていたキムさんは、出勤初日から亡くなる前日までの131日間、勤務時間が11時間を超えなかった日がなかった。予定通りなら「午前11時出勤」することになっていたが、様々な「罰則」の名目で2時間前に出勤させられることが多かった。午前7時頃に出勤する日もあった。キムさんの京畿道軍浦(クンポ)の自宅から会社まで、1時間30分かかる。キムさんの父親は、「睡眠時間が5時間にも満たない日がほとんどだった」と話した。キムさんが働いていた5カ月間、日曜日に休みをもらったのは2回だけだった。キッチンの仕事は厳しかった。キムさんは友人とやりとりしたメッセージで、「洋食部」での自分の仕事は「罵られること」だと冗談のように話していた。元々やせ型だったキムさんは、体重が10キロほど減り、働き始めてから4カ月が経った頃には48キロになっていた。上司に「辞める」と告げたその日、キムさんはこの世を去った。「ケガや遠くへの引っ越しでもしなければ、会社を辞めるのは難しい環境だった」と、一緒に働いていた同僚たちがキムさんの父親に話した。

 現場実習の2カ月間、学校と教育庁は、キムさんの労働環境についての形式的な点検を行っただけだった。公益人権法財団「共感」のユン・ジヨン弁護士は「職業教育訓練促進法の標準協約書に基づいて契約を締結すべきなのに、これとは別の勤労契約書を作成したこと自体に問題がある」と指摘したが、学校側はこのような事実すら把握していなかった。キムさんの担任教師は、「担当者が現場調査を出たが、異常は見つからなかった」と繰り返すだけだった。キムさんが通っていた学校の就職担当教師は15日、ハンギョレとのインタビューで、「実習期間中の実際の給与や労働時間が協約書と異なっていた場合は、問題となる」と話した。

 父親はキムさんが亡くなってから、ようやく息子がどれだけ苦しんでいたのかを知った。友人とのカカオトークで「飛び降りようと思っているけど、見にくる?」と話した記録が残っていた。キムさんは160万ウォンの給料のうち100万ウォン近くを貯金してきた。彼の父親はキムさんと同じ年齢だった「九宜(クウィ)駅スクリーンドア死亡労働者」のニュースが他人事とは思えないと話した。「働き始めて1週間後に辞めたいと言っていたが、社会生活は元々辛いものだし、詰られることもある。もう少し我慢してみろと宥めたのが、悔やんでも悔やみきれないです」

パク・スジ、パン・スジ記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:6月16日(木)6時56分

ハンギョレ新聞

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。