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【イチロー“4257”のあゆみ①】新たな安打製造機の誕生…神戸で積み上げた「1278」

ベースボールキング 6月16日(木)8時0分配信

イチロー“4257”のあゆみ ~オリックス編~

 イチローがまた新たな金字塔を打ち立てた。

 現地時間6月15日、敵地でのパドレス戦の9回にライトへの二塁打を放ち、キャリア通算4257本目の安打を記録。日米通算ではあるが、ピート・ローズが持つメジャー最多安打記録:4256本を上回った。

 日本で1278本、メジャーで2979本…。世紀の大偉業を達成した男が歩んできた25年間を、在籍したチームごとに区切って振り返っていきたい。

 第1回はオリックス編。稀代の安打製造機・イチローはいかにして誕生したのか…。イチローが過ごした日本での9年間をまとめた。

日本中に衝撃を与えた「210」

 1991年のドラフト4位でオリックスに入団したイチロー。当初の登録名は「鈴木一朗」だった。

 1年目からファームで打率.366を記録し、ウエスタンリーグの首位打者を獲得。ジュニアオールスターゲーム(現フレッシュオールスターゲーム)ではMVPも獲得した。

 夏場には一軍での出場機会を掴むと、7月12日にダイエーの木村恵二からプロ初安打を記録。1年目から40試合の出場で24安打を放った。

 2年目には開幕一軍に入り、開幕戦でもスタメン出場。6月には野茂英雄からプロ初本塁打を記録したが、打率は1割台と低迷。夏場を前に二軍降格となる。それでもファームでは格の違いを見せつけ、1年目の途中から46試合連続安打をマーク。規定打席には届かなかったものの、最終的には.371というハイアベレージを残し、飛躍への準備を整えた。


 そして迎えた3年目。仰木彬監督にその才能を見出された男は登録名を「イチロー」に変更し、旋風を巻き起こす。

 1番打者として定着すると、飛ぶ鳥を落とす勢いで安打を量産。シーズン130試合のうち、安打が出なかった試合はわずかに13試合しかなく、116試合目の時点で当時のシーズン記録だった藤村富美男氏の191安打を更新。前人未到のシーズン200安打も達成し、最終的には「210」までその記録を伸ばした。

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最終更新:6月16日(木)10時10分

ベースボールキング

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TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

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昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。