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中野「1番」にこだわる 金沢出身、リオ五輪ボート代表

北國新聞社 6月16日(木)3時4分配信

 リオデジャネイロ五輪ボート日本代表で金沢市出身の中野紘志選手(二水高OB、新日鐵住金)が15日、埼玉県内で報道陣の取材に応じ、初の五輪に挑む心境を語った。兄の死を機に「1番」を目指す生き方を歩み、五輪のため定職も捨てた。自らの可能性を信じ、夢の舞台をつかんだ28歳は「目標は金メダル。少ないチャンスに挑戦する姿も悪くない」と本番を見据える。

 大学時代から慣れ親しんだ戸田漕艇(そうてい)場で、中野と大元英照(アイリスオーヤマ)の乗ったボートが水面を滑るように駆けていた。「2人の息がぴたりと合った時の感覚は何とも言えない」。弾む息と噴き出す汗が合宿の充実ぶりを物語る。

 中野が出場するダブルスカルは2人乗りで、直線2000メートルのタイムを争う。「2人の一体感が求められるところはボートの魅力です。でも基本はシンプル。よーいどん、でこぐだけ。陸上に例えれば100メートル。こぐ、という作業は奥が深い」。

 一橋大に入学してボートを始め、3年時に出場した23歳以下の世界選手権でいきなり銀メダルを獲得した。4歳から小学校卒業まで習った水泳でつけた持久力は人一倍。練習量は日本代表コーチでさえ「怖いくらい」と驚くほどだ。

 そのストイックな姿勢は兄の死が影響しているという。二水高1年の時、金沢工大1年の兄は自宅で倒れ、1週間後に息を引き取った。「人って、こんなに簡単に死ぬんだ。生きている間に何かを残さないといけない。取りあえず日本で1番になろう、と考えた」。高校ではテニス部、陸上部で汗を流し、受験勉強も手を抜かなかった。

 「やるからには五輪に出たい」とボートに打ち込んで9年。昨年、プロとして自立し、ハングリーな気持ちで目標に挑戦しようと、NTT東日本を退職した。大企業を離れ、心配する知人もいたが「中野らしい決断」と背中を押す声も多かったという。

 「残り2カ月、どの国の出場選手より成長したと思える練習をしたい。世界トップと差はあるが、五輪は何が起きるか分からない場所」。静かな闘志を秘め、地球の裏側に乗り込む。

北國新聞社

最終更新:6月16日(木)3時4分

北國新聞社