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財政拡大と金融緩和の逐次投入の方がデフレ完全脱却への効果は大きかった

ZUU online 6月17日(金)12時40分配信

日本経済の大きな問題は、マイナスであるべき企業貯蓄率が恒常的なプラスの異常な状態が継続し、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、総需要を破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていることだ。

そして、企業貯蓄率と財政赤字の合計である国内のネットの資金需要(マイナスが強い、名目GDP比)が消滅していて、マネーと貨幣経済(名目GDP)が拡大できなかったことがその問題をより深刻化させたと考えられる。恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率に対して、マイナス(赤字)である財政収支が相殺している程度であり、財政拡大が不十分で、国内の資金需要・総需要を生み出す力が喪失してしまっていた。

■ネットの資金需要は破壊され、マネーが収縮を始めるリスクも

循環的な景気回復による企業のデレバレッジの緩和(企業貯蓄率の低下)、そして震災復興とアベノミクスの経済対策で財政が緩和された。それにより、ネットの資金需要(企業貯蓄率と財政収支の合計)が復活したのが、アベノミクス1.0の基礎となった。その基礎の上に、大規模な金融緩和が行われ、復活をしたネットの資金需要を間接的に日銀がマネタイズする形が整い、アベノミクス1.0が完成した。マネーは循環・拡大を始め、株価上昇・円安(ネットの資金需要拡大はマネー拡大=円の供給拡大)・物価上昇、そして名目GDPが縮小から拡大に転じ、デフレ完全脱却へ向かうモメンタムが生まれた。

アベノミクスの成長戦略も幾分かの効果を発揮し、企業活動はどんどん活性化し、企業貯蓄率は0%に向かって低下していった。しかし、グローバルな景気・マーケットの不安定感への警戒が、企業行動を慎重化(企業貯蓄率の短期的なリバウンド)させてしまった。企業貯蓄率は2010年4-6月期のピークの+10.6%(GDP対比、4QMA)から2014年10-12月期には+2.6%まで低下したが、その後リバウンドし2016年1-3月期には+6.0%となっている。デレバレッジの再発と疑いも出てしまうくらいのリバウンドだ。

そして、消費税率引き上げと歳出の抑制、税収の大幅増加などにより財政が過度に緊縮気味となってしまった。財政収支は2012年4-6月期の-9.5%から2016年1-3月期には-3.5%となり、赤字は三分の一程度になっている。結果として、両者の和であるネットの資金需要は、2015年4-6月期まで17四半期連続のマイナス(マイナスが強い、今回の局面での最大は-3%程度)であった両者の和であるネットの資金需要がプラスに転じ、消滅してしまった。そればかりか、プラス幅が拡大(2016年1-3月期は+2.6%)してきており、ネットの資金需要は破壊され、マネーが収縮を始めるリスクも生まれてしまっている。

■日銀は戦略を広げすぎた 金融緩和のみのデフレ脱却は無理

これは、アベノミクス1.0の基礎が瓦解してしまったことを意味する。こうなると、基礎が無い(マネタイズするものが存在しない)ため、金融緩和の効果は極めて限定的になってしまう。基礎を瓦解させる財政緊縮と金融緩和の組み合わせではデフレ完全脱却への勢いをつけることができない。マネーの循環・拡大は滞り、株価下落・円高(ネットの資金需要消滅はマネー縮小=円の供給縮小)・物価停滞となり、デフレ完全脱却への向かうモメンタムも止まり、アベノミクス1.0は終焉してしまった。

金融緩和のみでデフレ完全脱却が可能であるという古い経済学を信じ、財政緊縮でネットの資金需要を消滅させる間違いをおかしたのだ。ネットの資金需要という兵站の確保がままならないまま、期待に働きかけるためとしてサプライズ的な(奇襲的な)金融緩和を繰り返し、日銀は戦線を広げすぎてしまった。

その結果、マイナス金利政策に対する、国民、金融機関、そして国会からの批判は強くなり、政策目標は政府と日銀が共同で設定するが、方法論は日銀の専権事項であるという原則に対する論争が強くなるリスクが出てきてしまう状況にもある。そして、戦線を広げすぎて、身動きがとれなくなってしまった上に、黒田総裁は金融緩和の兵力の逐次投入を否定してしまっている。

そのため、マーケットから金融政策の硬直性を見透かされてしまい、円高・株安へのリスクが高まってしまっている状況でもある。グローバルにみても、財政緊縮と金融緩和への過度な依存の組み合わせは、マーケットの不安定感を増し、景気回復の促進に失敗した。そればかりか、生活不安と格差拡大を生み、ポピュリズムの台頭による政情不安につながってしまっているようだ。

■日本経済の正常化には必要なのは

財政拡大でネットの資金需要の兵站を確保し、マーケットとの対話を重視しながらの金融緩和の逐次投入の方が、デフレ完全脱却にはよほど効果が強かっただろうし、国民や金融機関の負担も小さかっただろう。日銀がマネタイズすることによって効果を発揮するネットの資金需要はGDP対比3%の15兆円程度だ。

日銀がマネタリーベースを年80兆円程度増加させていることを考えれば、足らないのは金融緩和ではなく財政拡大によるネットの資金需要の創出であることは明らかである。アベノミクス1.0の基礎は復活したネットの資金需要で、基礎を活かすトリガーはそれをマネタイズする大規模な金融緩和だ。終焉は財政緊縮と企業行動の慎重化によるネットの国内資金需要の消滅だと定義できる。

アベノミクス2.0は形が間逆である。日銀の大規模な金融緩和は継続し、かなり巨額のネットの資金需要をマネタイズする用意ができていることが、アベノミクス2.0の基礎だ。この基礎の上に、財政による大規模な景気対策とグローバルな景気・マーケットの安定化による企業活動の回復(企業貯蓄率の再低下)が合わさり、ネットの資金需要が復活すれば、アベノミクス2.0が完成する。

そして再び、マネーは循環・拡大を始め、株価上昇・円安・物価上昇、名目GDP成長率の加速というデフレ完全脱却へ向かうモメンタムが復活することになるだろう。企業活動の活性化が加速し、企業貯蓄率が正常なマイナスに戻り、過剰貯蓄が総需要を破壊しなくなる日本経済の正常化へ向かっていくことになる。

■「デフレではない状況」から「戻ることのないデフレ完全脱却」へ

5月に日本で開催されたG7では、グローバルな景気回復力の強化のため、金融政策の限界と安易な為替操作の禁止が意識された。財政政策と構造改革の役割が大きいことが再確認された、消費税率引き上げの見送りと景気対策の実施を表明した。安倍首相の財政政策を柔軟に活用しようとする判断に対する国民の評価は高いようで、7月の参議院選挙で与党が過半数を維持できることはほぼ確実である。

世論の支持の勢いで、秋の臨時国会でまとめられる財政による景気対策がどれだけ大規模で有効なものとなるのか。そして、消費税率再引き上げの見送りを含め、これまでの反省により財政健全化の目標をデフレ完全脱却の目標と整合的な柔軟なものにすることができるのか、が注目である。今後の財政拡大が大規模なものとなれば、ネットの資金需要が復活し、2013年4月の日銀の黒田バズーカと同様のデフレ完全脱却へ向けたモメンタムになる可能性がある。

企業貯蓄率のリバウンドは企業のデレバレッジの再発が疑われる形になっており、ネットの資金需要が大きく破壊されていることが確認されている。そのことを考えると、マーケットで予想されている5-10兆円程度の景気対策では、アベノミクスを再稼動させるには不十分かもしれない。

現在、戦線を広げすぎて身動きのとれなくなった日銀が、政府が財政政策の拡大でネットの国内資金需要を復活させ、既存の金融緩和の効果を強くする。物価の持ち直しが強くなっていくことを、辛抱強く待たざるを得なくなっているのは理解できる。

アベノミクス2.0の基礎は大規模な金融緩和、それを活かすトリガーは財政拡大によるネットの資金需要の復活、そして結末はデフレ完全脱却だろう。アベノミクス1.0と2.0も、ネットの資金需要を金融緩和によってマネタイズする形は同じであるが、その順番が逆である。

1.0のトリガーは金融緩和、2.0のトリガーは財政拡大であろう。形は同じであるが、アベノミクス1.0で既に物価は上昇、名目GDPは拡大に転じ、日本経済は「デフレではない状況」には到達した。その成果の上に、アベノミクス2.0が完成すれば、「デフレではない状況」から、「デフレ完全脱却(次の循環的な景気後退局面でもデフレに戻ることがない状態)」へ変化していくことになろう。

■拙速な財政再建に固執してはならない

現在は、アベノミクス1.0が終焉し、財政拡大と企業活動の回復により2.0として復活をする端境期にあると考えられる。効率的な財政拡大とマーケットとの対話を重視した金融政策に転換し、デフレ完全脱却への動きを復活させるのにはまだ手遅れではない。日本の将来のためによい財政プロジェクトがあるのであれば、参議院選挙で国民に信を問い、国債を発行してでも大胆に推し進める必要があろう。具体的には、日本の生産性の向上や少子化対策、防災対策、地方創生、そして生活苦と貧困の世代連鎖を防ぐものだ。

増税で社会保障への信頼感が増し、生活不安が解消し景気回復を促進するという「安心効果」が虚構であったことは、前回の消費税率引き上げ後の消費低迷で明らかだろう。財政の大幅な拡大によりネットの資金需要を復活させることは急務だ。国民の現在の生活を困窮させる財政緊縮への使命感に酔うより、明るい未来と夢を感じる財政プロジェクトのアイディアで選挙を競うべきだろう。使命感の欠如より、アイディアの欠如の方が深刻だ。

しかし、拙速な財政再建に固執すれば、ネットの資金需要の復活が妨げられるとともに、限界ばかり意識される金融緩和は効果はなく、アベノミクス1.0の終焉とともにデフレ・長期停滞に逆戻りするリスクが大きくなってしまうだろう。次のデフレ・長期停滞は、日本でも深刻な社会不安とポピュリズム台頭につながってしまうだろう。

会田卓司(あいだ・たくじ)
ソシエテジェネラル証券 東京支店 調査部 チーフエコノミスト

最終更新:6月17日(金)12時40分

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