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描きたかったのは『寅さん』のような世界/WOWOW連続ドラマW『グーグーだって猫である2』の犬童一心監督〈視線の先〉インタビュー

トレンドニュース(GYAO) 6/17(金) 16:20配信

人気少女マンガ家・大島弓子の自伝的コミックエッセイをWOWOWがドラマ化し、2014年に放映されてギャラクシー賞、放送文化基金賞などに輝いた『グーグーだって猫である』の待望の続編がスタート! 今回は前シリーズの第3話と最終話の間、まだ猫のグーグーが元気だった頃のマンガ家・小島麻子(宮沢りえ)とその周囲の人々を描いている。このシリーズ全話の構成・監督をつとめ、さらにその以前には劇場版『グーグーだって猫である』も手がけた犬童一心監督に、作品にかける思いを聞いた。

グーグーだって猫である2 本編映像 第一話 冒頭21分13秒(6/30まで)>>

■少女マンガによって、知らない世界に出会えた

――犬童監督はこのシリーズ以外にも何本も大島弓子作品の映像化をされていますが、大島作品との出会いと、監督が考えるその魅力について教えてください。

 ずっと少年マンガしか知らずに育ってきて、76~77年ごろに初めて少女マンガというものに出会ったんです。まったくの偶然で、たまたま弟が貸本屋から借りて来た萩尾望都さんの『トーマの心臓』が家にあった。何も知らずに読んでみて「これはすごい」と衝撃を受けて、しかもこれが何年も前に連載が終わった作品だったことにさらに驚きました。こんな面白いものを知らずに過ごしてきたのか、と。それまで読んでいた少年マンガは勝ち負けとか主人公の成長を描くものがほとんどで、それは高度経済成長期という時代には合っていたのかもしれないけれど、そうじゃない世界があるということを知ったんです。少年マンガが未来のために“今“を犠牲にしているとすれば、少女マンガでは“今“のことをちゃんと見ていくことで物語ができていくんだと。それから情報を集めては片っ端から読みまして、その中で大島弓子さんの作品に出会った時に、自分の中で漠然としていたものが見付かったような気がしました。

 それは「リアルとは何であるか?」ということ。子供が大人になるにつれて「世の中とはこういうものだ」と段々に見えてくるようになります。そこで、現実主義者と言われる人たちの多くは「今起きていることだけがリアルだ」という顔をするんです。でも、本当にそうだろうか? 人間の想像力、イマジネーションをそこに含めないと本当のリアルにはならないんじゃないか。「今起こっていること」だけじゃなくて「これから起こるかもしれないこと」「本当はどうだかわからないこと」も含めて考えることができるのが、本当のリアリストでは? 大島作品で出会ったそんな考えが、自分の映画作りに影響を与えているのは確かですね。それが最も活きているのが、今回のドラマだと思うんです

――『グーグーだって猫である』の最初の映画版(2008)の企画は犬童監督が出されたのですか?

 いえ、あれは当時角川書店の会長だった角川歴彦さんから持ち込まれたものです。小泉今日子さんの楽屋にも角川さんが直々に訪ねて、「こんなマンガがあるんだけど、映画で主演してくれないか」と頼んだそうです(笑)。実は小泉さんは芸能界でも一二を争う大島マンガのファンで、僕も監督界きっての大島ファンですから、角川さんの勘はすごいですよね。

 しかし、お話をいただいた時には正直言って映画にするのは無理だと思いました。当然マンガは読んでいましたが、ちょうど違う作品の映画化を考えていたこともあって、『グーグー』を映画にしようとは考えてもみなかったんです。角川さんに「大丈夫、できる」と言われてお引き受けしましたが、なにしろ脚本が書けなかった......。何年も先延ばしにしてしまったし、やっている最中も手探り状態でしたので、今までやってきた作品の中で一番難しかった映画だと言ってもいいと思います。
完成した頃になって、ようやくやり方がわかったと言うか「こうしたらできるんじゃないか」というものが見えた気がしたので、今度は自分でドラマ版を企画したんです。2時間という一本の映画の枠ですべてを語ろうとするよりは、別のやり方がある。主役さえ見つかれば......と考えていたところで、宮沢りえさんが浮かびました。

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最終更新:6/17(金) 16:20

トレンドニュース(GYAO)