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【熊本地震】「記者はあっち行って」被災者と取材者のはざまで感じたこと

BuzzFeed Japan 6月18日(土)7時0分配信

ときには記者も、被災者になる。

新聞記者として熊本地震を経験した自分が、身を持って感じたことだ。2ヶ月経っても、傷はなかなか癒えるものではない。

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「伝える責任も感じているけれど、もう疲れました」。地元・熊本のとある民放テレビ局で記者をしている20代の男性は、そうつぶやく。
【BuzzFeed Japan / 籏智広太】

自宅は半壊、数日だけの休み

熊本市内にある彼の実家は、地震で半壊。家族も一時は避難所暮らしを強いられた。しかし、この2ヶ月、休めたのは数日だけ。職場では体調を崩し、血尿を訴える同僚も多いという。

「ストレスはどんどん溜まっていて、それを吐き出す場もなく。どっかで病んじゃうんだろうなという不安があります」

幼い頃から見慣れた風景が「めちゃくちゃになってしまった」ことへのショックも大きい。「自分がどこか知らないところに来た感覚にもなっていました」

余震も落ち着き、ようやく少しずつ、心の余裕が出てきた。彼はいまも、日々、ふるさとのために奔走している。

被災者と取材者のはざまに

私自身もそうだった。全国紙の記者として熊本市内に暮らしていた私は、被災者という立場でありながら、取材者として走り回っていた。

自宅マンションは被災し、暮らせる状況ではなくなった。直後の数日間は食べ物だってままならず、シャワーやトイレにすら困る日々が続いた。

一方、取材中には責任感ばかりが先走り、倒壊現場や避難所でペンとカメラを持っている自分への、もどかしさと虚しさに苛まれる。いわゆる「マスゴミ」への批判が聞こえてくれば、すべてが自分のせいのようにすら感じるときもあった。

見慣れた景色が壊れしまったことへのショックはもとより、ストレスと不安は募るばかりだった。

「人が死んどるんや」

4月14日。BuzzFeedへの転職が決まり、退職届受理の報を受けたその晩のことだった。午後9時26分、会社で夜勤席に座っていた私を、大きな揺れが襲った。

これは死者が出ている、そう直感できるほどの揺れだった。そのままカメラを片手に街に出る。繁華街の被害はさほどだったが、益城町の方で倒壊が相次つぎ火災も発生していると知り、車に飛び乗った。

倒壊家屋を見つければ、ひたすらにシャッターを切り、フラッシュを炊く。救出作業を見つければ、その前でひとり佇み、様子を探る。何か動きがあれば、また、フラッシュを炊く。「危ないです、下がってください」。警察官に注意をされても、引き下がらない。

4月とはいえ、夜は寒い。車に積んでいたヤッケを羽織り、夜中じゅうはひたすら、傷だらけになった益城町を歩いた。

着の身着のままの3日間、こうした取材がほとんどだった。地震で家族を失った人に話を聞けば、「人が死んどるんや」と怒鳴られた。避難所でちいさな男の子に「もう新聞はやだ、あっちに行って」と、泣かれたことも、子どもを抱えたお母さんに、「同じ話ばっかり聞かれて、もう疲れました」と言われたこともある。

インターネット上には「マスゴミ」という言葉が飛び交う。

それでも。生後8ヶ月の赤ちゃんが倒壊家屋から救出された現場に居合わせたときは、涙が溢れた。

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最終更新:6月18日(土)9時40分

BuzzFeed Japan

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