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社説[きょう県民大会]心に刻み決意示そう

沖縄タイムス 6/19(日) 5:00配信

 恩納村の山あいの遺体遺棄現場を訪れる人が今も絶えない。
 アスファルト道路の側溝の脇に、ずらっと花束や飲み物、お菓子が供えられ、それが日を追うごとに増えているのがわかる。短いメッセージを添えたものもあった。
 「怖かったよね。痛かったよね。つらいよね」
 「あなたの死を無駄にはしない」
 「あなたにいつの日か安らぎが来ますように」
 元米兵による暴行殺人事件で亡くなった女性を追悼する動きが県内各地で広がっている。「被害者は自分だったかもしれない」「もしかしたら自分の娘だったかもしれない」-多くの人たちが事件を自分のこととして、自分とつながりのある身近なこととして受け止め、悔しさと憤りと不安の入り交じった自問を繰り返している。
 17日、名護市で開かれた市民集会では、かけがえのない一人娘を亡くした両親のメッセージが読み上げられた。
 「未来を断ち切られた娘が最後の犠牲者となり、子を失い悲しむ親は、私たちを最後にしてほしいと思います」
 19日には午後2時から、那覇市の奥武山陸上競技場で大規模な県民大会が開かれる。追悼の思いを前面に押し出した大会になるだろう。多くの人たちの参加を期待したい。
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 事件を通して突きつけられている問いは次の二点に尽きる。
 「なぜ、米軍関係者による性犯罪が繰り返されるのか」 「どうすればこれを防ぐことができるのか」
 事件発生の際、政府・自民党サイドから出たのは「最悪のタイミング」という言葉だった。その場限りの「危機管理的対応」や、選挙向けの「政治的パフォーマンス」では被害者の両親の痛切なメッセージに応えることはできない。
 暴行そのものは個人的なものだとしても、今回の事件を「軍属個人の問題」ととらえ、米軍や米軍基地とは関係がないように主張するのは誤りだ。
 今回の事件は「基地あるがゆえに起きた犯罪」である。その種の性暴力が沖縄では米軍上陸以来、目を覆いたくなるほど頻繁に起きている。
 その事実を徹底的に洗い直すことによって「多発する構造」を突き止めることが必要だ。
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 沖縄戦の経過を克明に描いた作家ジョージ・ファイファーは、「天王山・沖縄戦と原子爆弾」(下)でこう記している。「民間の婦人を犯すことは、多くの部隊は認めなかったが、もっとも頻繁に起こる犯罪に含まれていた」
 米国陸軍歴史編纂所が発行した軍政文書(「沖縄県史資料編14 琉球列島の軍政」)にも似たような記述が見られる。「少数の兵士は米軍の沖縄上陸と同時に、住民を苦しめ始めた。とくに性犯罪が多かった」
 1955年9月3日には、6歳の女児が米兵に暴行殺害され、嘉手納海岸で遺体となって発見されるという凄惨な事件が起きた。復帰後の95年9月4日、米兵3人による暴行事件が起きたとき、多くの人たちが反射的に思い出したのが、40年前のこの女児暴行殺害事件であった。
 今回の暴行殺人事件の被害者は、95年の暴行事件が発生したその年に生まれている。
 その都度打ち出される再発防止策の効果が持続せず、何度も再発を許してきた両政府や米軍の責任は重い。
 議論を喚起するため3点を提起したい。
 第一に、強姦(ごうかん)や強姦未遂などの性暴力は、人間としての尊厳を破壊する深刻な人権侵害である、という認識を育てること。そのための「県民目線」の研修を定期的に実施し、県に対しては必要な資料を積極的に提供することを求めたい。
 第二に、地位協定の見直しに優先的に取り組むべきである。事件・事故に対する米軍の説明責任は極めて不十分だ。排他的基地管理権を認め、米軍関係者を優遇する仕組みが「逃げ得」や「植民地感覚」を温存させている側面があり、原則国内法を適用し、説明責任が果たせるような仕組みを設けることが事件の抑止につながる。
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 第三に、海兵隊撤退と基地の大幅な整理縮小・撤去を進めること。戦後日本の基地政治は、沖縄に米軍基地を集中させ、その見返りに振興策などの金銭的手当をするという「補償型政治」の手法をとってきた。だが、その手法は、本土と沖縄の間に埋めがたい深刻な溝をつくり、「構造的差別」を生んでいる。
 二度と再び犠牲者を出してはならないという県民の強い決意がなければ問題の解決は難しい。県民がその気にならなければ、米軍や行政を動かすことはできない。
 沖縄の正念場である。

最終更新:6/19(日) 20:44

沖縄タイムス

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