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涛々園の菓子箱を確認 金沢の村松さん、資料館に寄贈

北國新聞社 6/19(日) 2:50配信

 内灘町歴史民俗資料館「風と砂の館」は18日、大正末期から昭和初期まで金沢市金石北4丁目にあった遊園地「涛々園(とうとうえん)」の菓子箱の現存を新たに確認した。旗販売の老舗「村松商事」(金沢市)の村松七九(しちく)社長(85)=同市泉野町6丁目=が町に寄贈した。町によると、同様の菓子箱は県歴史博物館が数点所蔵している。「風と砂の館」では、ほかの涛々園の史料と合わせて展示し、戦前に内灘にあった「粟ケ崎遊園」とともに、往時のレジャーに思いをはせてもらう。

 菓子箱は高さ14センチ、直径12・5センチの八角柱で、側面に「メイブツセンベイ」の文字が記されており、「金沢行」「金石行」と書かれた路面電車が深緑色で描かれている。村松さん自身が幼い頃、土産に買ってもらったといい、円形の煎餅が入っていたという。

 同館の中江麻代学芸員が「金石名物」の文字や、県歴史博物館の所蔵品などから、涛々園の菓子箱と確認した。中江学芸員は「すぐに捨てられてしまうような菓子箱が80年近く残っているのは珍しい」と話す。

 村松さんの経営する村松商事は1891(明治24)年に創業され、1928(昭和3)年には粟ケ崎遊園で「旧村松商店(村松商事ビル)」(国登録有形文化財)の完成披露式が執り行われたこともあり、ゆかりの品である菓子箱を寄贈することを決めた。これまで、菓子箱は自宅の土蔵にしまわれていたという。

 「風と砂の館」では、涛々園のマッチラベルや写真を常設展示しており、村松さんは「幼少期の思い出が詰まっている。粟ケ崎遊園と合わせて同世代の人が懐かしむきっかけになってほしい」と話した。

 涛々園(とうとうえん) 浅野川電鉄(現北陸鉄道)が1925(大正14)年、内灘町と金沢市の砂丘地に開業した「粟ケ崎遊園」に対し、金石電鉄(同)が同年、動物園や浴場、演劇場などを備えて開設した。戦中の43年に閉園した。

北國新聞社

最終更新:6/19(日) 2:50

北國新聞社