ここから本文です

意外と長い、自社株買いの「賞味期限」-オオカミ少年に要注意!

ZUU online 6月20日(月)20時10分配信

■要旨

上場企業の自社株買いが増えている。自社株買いは株主還元強化やROE(自己資本利益率)を改善させるメリットのほか、不安定な株式市場を下支えする効果もあるが、その効果の持続力はどのくらいあるのだろうか。検証すると"賞味期限"は意外と長く、年間を通じて企業が自己株式を買い付けることが明らかとなった。

ただし、自己株式を買うタイミングやペースは企業によって異なり、(a)時間をかけて少しずつ買う"じわじわタイプ"、(b)予定額一杯まで一気に買う"速攻完結タイプ"、(c)公表した計画の2~3割しか買わない"オオカミ少年タイプ"に分類される。(a)じわじわタイプの銘柄は投資に活かせる一方、(c)オオカミ少年タイプの企業には要注意だ。

◆ポイント
自社株買いは年間を通じて株価を下支えしている
ただし自己株式を買うペースは企業によって異なる
特に、オオカミ少年タイプの企業には要注意

■はじめに

自社株買いが増加傾向にある。東証1部上場企業が発表した自社株買い設定額(上限)の合計は、2012年度の2.3兆円から2015年度には3倍近い6.5兆円となった。背景にあるのはコーポレートガバナンスや株主還元を強化する流れ、豊富な内部留保を有する企業への"溜め込み批判"だ。

一般的に自社株買いを発表した企業の株価は値上がりする。これは計算上の1株利益が増えたり株式市場での需給が引き締まること等が理由とされる。自社株買いと株式価値の議論は他に譲り、本稿では需給の観点から自社株買いを概観し、市場や株価への影響と投資のヒントを考察する。

■自社株買いの設定は4月・5月が多い

◆自社株買いのメリット

まず、自社株買いが企業の財務指標や株価、株式市場にどのような影響を及ぼすのか整理する。

企業が自社株買いを実施すると、その分だけ発行済み株式数が減ったものとして扱われる。このため利益の総額が変わらなくてもEPS(Earnings Per Share:1株あたり利益)が増えるので、株式価値も高まるとされる。

一方、財務諸表においては企業が保有する自己株式は自己資本の額から控除される(貸借対照表にマイナスの資本として表記される)。その結果ROE(Return on Equity:自己資本利益率)を計算する分母が小さくなるので、利益が増えなくてもROEが改善した格好になる。つまり自社株買いは株主還元とROE改善を同時に実現できる便利な手段として利用が拡大しているようだ。

アベノミクスによる収益拡大やコーポレートガバナンス強化の流れを受けて、上場企業には増配・自社株買いなど株主還元の強化、資本をいかに効率的に使って稼いだかを示すROEの改善が求められている。

こうした中、自社株買いを活用する企業が増えている。前述のように15年度に東証1部上場企業が設定した自社株買い枠は6.5兆円で、12年度の約3倍に増えた。16年度も増加傾向にあり、4月・5月に設定された分を比べても15年度の1.5兆円から約3割増えて1.9兆円となった。

自社株買いは株価を下支えする効果もある。アベノミクス相場で株価の大幅上昇を牽引したのは海外投資家だが、海外投資家からみた日本株の魅力は昨年あたりから低下した。日本株の買い手が減った中、自社株買いの増加は株式市場の需給を支える効果が期待される。

実際、5月以降の投資主体別売買動向をみると、海外投資家が売り越す一方、事業法人の買い越しが続いており、この大半は自社株買いによるものとみられる。

◆毎年4月・5月は自社株買い設定のピーク

企業が自社株買い計画を決定するのは毎年4月と5月が多い。中でも5月は年間で最も多額の自社株買いが計画される傾向にあり、15年度は1兆円超、16年度は1.5兆円目前に迫った。5月が多い理由は、東証1部上場企業の7割以上は3月期決算で、決算発表に合わせて自社株買い計画を公表するためだ。

というのも、自社株買いは無制限にできるわけではなく、財源の規制がある。具体的には、自社株買いや配当など株主に対して交付する金銭等の総額は、直近決算から算出した「分配可能額」が上限になることが会社法で定められている。このため、3月末の本決算を閉めた後、配当金の額と併せて自社株買い計画を検討するケースが多いのだろう。

件数ベースでは11月と2月も多い。11月は中間決算、2月は第3四半期決算を発表するタイミングであり、今期業績の着地点と財務面での余裕度が見えてくるにつれて自社株買い計画を決議しやすくなるのだろうか。ちなみに15年度の2月に1.5兆円規模の設定があったのは、ソフトバンク(5,000億円)、日産自動車(4,000億円)など大型の設定が相次いだためだ。

■意外と長い自社株買いの持続力、オオカミ少年に要注意!

◆市場全体では一年を通じて買い付け

前述のように自社株買いが需給を下支えする効果は、どのくらいの持続力があるのだろうか。言い換えると自社株買い計画を発表した企業はいつ自己株式を買うのだろうか。自社株買い計画は一年中いつでも設定可能なので、ここでは4月・5月に発表した分を対象に検証した。

一般に企業が自社株買い計画を発表すると、その直後に予定額を一気に買い終えると思われがちのようだ。ところが、まず市場全体でみると実際は4月・5月だけでなく6月以降も継続的に買ったことが分かる。

8月~10月は買い付けペースが一旦低下するが、11月~翌年3月にかけて再び買入額が増加する傾向がある。15年度の場合、1.5兆円の設定額の約半分にあたる7,200億円超を6月から8月に、11月~1月には約2割に相当する3,000億円弱を買った。なお2014年9月と11月に約3,000億円ずつ買われたのは、それぞれNTTドコモ(約3,000億円)とNTT(約2,500億円)が自己株式を取得したためだ。

年度後半は買い入れ規模が小さくなるが、年度末に向けて実施率が100%程度に達していることから予定額をほぼ全て買い終えた様子がわかる。つまり、自社株買いは一年を通じて株式市場の需給を下支えしたといえる。なお、このデータは企業自身が発表した自社株購入額を月ごとに集計したものなので、純粋な自社株買いの実施額である。

◆個別企業で買い付けタイプが異なる

次に、個別企業ごとに買い付けタイミングを調べてみよう。15年4月・5月に自社株買い計画を設定した企業の中からサンプル抽出し、実際に買い付けたタイミングの違いでタイプ分けしたものだ。(a)は市場全体と同じように時間をかけて買い付ける"じわじわタイプ"、(b)は予定額一杯まで一気に買い付ける"速攻完結タイプ"、(c)は公表した予定額の20~30%しか買わない"オオカミ少年タイプ"だ。

(a)のじわじわタイプは、A社やB社のように毎月ほぼ一定額をコンスタントに買うケースと、C社のように月によって買入額を変化させるケースがある。C社のように買入額を変える理由として考えられるのは、株価が低いときに多く買い、株価が高いときは買入を抑えるという方法だが、調べたところC社の株価と買入額に明確な関連性はなかった。何かしらの方法で決めていると思われるが、同社のホームページには自己株式の買い入れに関する方針などは見当たらず詳細は不明である。

(b)の速攻完結タイプは、自社株買いの設定を公表した直後に予定額一杯まで一気に買うD社やE社と、F社のように公表後すぐには買わず、あるとき一気に予定額を買うケースがある。D社・E社のケースは分かりやすく、これが自社株買いの一般的なイメージだろう。一方、F社が自己株式を買うタイミングは明らかにされていない。同社は16年も5月上旬に自社株買い計画を発表した後、6月1日に5月末までの買い入れがゼロであったことを開示していたが、6月中旬に「取得完了」を公表した。今年は6月前半に“速攻完結"したようだ。

(c)のオオカミ少年タイプには注意が必要だ。X社は、2015年4月下旬に発行済み株式数の2%を超える規模の自社株買い計画を発表した。翌日の株価は7%を越える大幅上昇となり、出来高は直近5日平均の1.7倍に急増した。自社株買い計画と同時に発表した2015年3月期の業績は事前の市場予想とほぼ同じだったことから、出来高を伴う株価の大幅上昇は自社株買いを好感したものと考えられる。

しかし、最終的には計画の3割強しか買わなかった。同社ホームページには特段の開示情報は見当たらないが、中間決算時点で通期業績の見通し(親会社株主に帰属する当期純利益ベース)を従来予想から10%以上上方修正したので、少なくとも業績悪化が理由ではなさそうだ。計画どおりに買う義務は無いとはいえ、同社の姿勢に対して懐疑的にならざるを得ない事例といえよう。

■まとめ(投資のヒント)

本稿では、急増している自社株買いが不安定な市場環境で株価の下支えになっていること、自社株買い計画は年間を通じて設定されるが、4月と5月が特に多いことを示した。

次に、4月・5月に自社株買い計画を設定した企業が実際に自己株式を買うのはいつか分析したところ、市場全体でみると9月頃までの上期中が多いものの、その後も規模は小さくなるが翌年3月まで継続的に買い付けていることが明らかとなった。一般的には自社株買い計画を発表すると、その直後に予定額を買い終えると思われがちのようだが、必ずしもそうではない。

ただし、自己株式を買い付けるタイミングやペースは企業によって異なる。本稿では大きく3つにタイプ分けした。すなわち、(a)市場全体と同じように時間をかけて継続的に買う"じわじわタイプ"、(b)予定額一杯まで一気に買い付ける"速攻完結タイプ"、(c)公表した予定額の20~30%しか買わない"オオカミ少年タイプ"だ。

(c)は論外として、(b)を投資に活用するのは難しいだろう。というのも、このタイプは計画発表の直後、もしくは計画発表からしばらく時間が経過したある日突然、予定額を一気に買い終えるからだ。自社株買い計画の発表そのものを事前に予想して株を買っておくか、計画発表後にまだ同社が買っていないことが確認できたら仕込んでみるしかない。

前者は予想が外れるリスクがあり、後者は企業側がいつ買うか分からないだけでなく、公表タイミングとの関係で自分が買ったときには既に企業が自己株式を買い終えた後という可能性もある。

現実的なのは(a)じわじわタイプだろう。2016年4月・5月に自社株買い計画を発表したうち、15年度の取得実績が(a)じわじわタイプであった企業だ。ただし、これらの企業が今回も継続的に自己株式を取得するかどうかは分からないだけでなく、既に予定額を買い終えた可能性もあるので、投資の参考にする場合は個別に確認されたい。

井出真吾(いで しんご)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 チーフ株式ストラテジスト・年金総合リサーチセンター兼任

最終更新:6月20日(月)20時10分

ZUU online