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東名遺跡(佐賀市)、国史跡に 縄文早期の集落構造残す

佐賀新聞 6月20日(月)17時10分配信

貝塚や墓地多量の出土品

 文化審議会(馬渕明子会長)はこのほど、佐賀市金立町の「東名(ひがしみょう)遺跡」を国史跡に指定するよう馳浩文部科学相に答申した。縄文時代早期(8000~7400年前)の国内最古級の湿地性遺跡で、良好な保存状態の出土品が多量に見つかっている。文化審議会は「縄文時代早期の集落構造が分かる極めて価値の高い遺跡」と評価した。国史跡となれば県内22件目、縄文時代の遺跡としては初の指定となる。

 遺跡は、現在の海岸線から約15キロメートル内陸に入った巨勢川の西岸、調整池内にある。貝塚6カ所、集落跡、墓地、155基の貯蔵穴がセットで見つかった。集落跡は炉跡とみられる167基の集石遺構があり、墓地では8体の人骨が屈葬の状態で確認された。

 佐賀平野で初めて発見された縄文貝塚で、6カ所のうち、現地保存されている4カ所の国有地1万8731平方メートルが国史跡に指定される見通し。

 遺跡の価値を決定づけた貝塚は、縄文時代早期では国内最大級の南北500メートル以上、総面積は約1700平方メートル。ヤマトシジミ、アゲマキ、カキなどの貝殻、ニホンジカやイノシシなどの獣骨、スズキ、クロダイなど魚の骨が出土しており、食生活を知る貴重な手掛かりとなっている。多様で精巧な骨性装身具(アクセサリー)も出てきた。

 貯蔵穴からは国内最古級の植物性編み籠700点以上が良好な状態で出土し、大きさや編み方など製作技法、用途が判明した。

 遺跡は1990年、巨勢川調整池の建設工事で発見された。その後、地表5~7メートルの掘削工事により偶然貝塚が見つかった。集落部分などは記録保存後に掘削されている。国史跡指定範囲となる貝塚4カ所は現地保存のため盛り土され、直接見ることはできない。

 文化審議会は「当時の食生活が判明し、文化水準の高さがうかがわれる」とも評し、出土品によって得られた知見にも言及した。佐賀市教育委員会は、11月16~27日、県立博物館で東名遺跡の企画展を開く。

■ズーム 佐賀県内の国史跡

 柿右衛門窯跡(有田町)など近世窯跡が4件、谷口古墳(唐津市)など古墳5件、土生遺跡(小城市)など弥生時代の遺跡4件などがある。多久聖廟(多久市)や三重津海軍所跡(佐賀市)も指定。吉野ケ里遺跡(吉野ケ里町)、基肄城跡(基山町)、名護屋城跡並陣跡(唐津市)は特別史跡。

最終更新:6月20日(月)17時10分

佐賀新聞